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通学、通勤はウォーキングの王道であった
2020-06-16 Tue 10:49
 通学、通勤はウォーキングの王道であった。
 いやでも歩く。
 特段運動のために時間を割くことはなかったし、実際時間も取れなかったが、ウォーキングだけは欠かすことはない。

 自粛の反効果で、体力が衰えた、生活リズムが乱れたままだ、時間を持て余すことが多くなった・・・と聞くようになった。

 32歳で自営業に転身した時、通勤時間ゼロの快感を満喫したが、同時に基本的運動不足の問題が起こった。
 それが上記の症状だ。
 通勤はウォーキング時間で、基礎的運動量を満たしてくれた。

 リモートワークの効用に対し、通勤システムの弊害が並べ立てられるがはたしてどうか。
        
 ルールを決めルールを守る。
 運動一つとっても自営者は独立独歩、手探りでそうした生活習慣を確立しないといけない。
 ジムに通って体を動かすにしても、そのルールを運用する自分の扱いが一番難しい。

 二階住居の生活から、一階に生活の場を移した。
 階段の上り下りがなくなった。
 一段一段自分の体が実感していた体の負荷がなくなっていた。

 負荷、負担が軽減され、何を失ったかを見つけ出すのは難しい。
 腰痛には様々な要因が絡んでいるのだろう。
 駅の階段を上がっていけば息が切れ、太ももあたりに疲れがたまる。

 何気にやっていた階段上下の実感が失われた。
 そうした何げなく消去したことが、足腰の衰えを誘い込んだのかもしれないと思っている。
 習慣を変えるというのは、実に厄介である。
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いじめっ子、いじめられっ子の性根
2020-06-15 Mon 16:23
 SUITSのシーズン8に、ルイスのエピソードが出てくる。
 彼はハーヴィーとは対照的な人物だ。
 典型的なbullied child(いじめられっ子)として描かれている。

 彼のトラウマと、その克服劇が僕には馴染んでこない。
 自分の体験とは全く重ならないからだ。

 小柄で、痩せていて、近眼だったから、愚鈍に見えただろう・・・。

 小五の時だ。
 Uから執拗にちょっかいをかけられた。
 上履きにはき替える下駄箱の前だ。

 顔面に頭突きを食らわし、真っ赤な鮮血が飛び散った。
 一発で撃退した。
 
 小六のときのMは僕の倍の体重はありそうだった。
 相手がギブアップするまで、食らいついた。
 一撃ではなかったが、Mは疲れ切っていた。

 二人とはその後いい友達になった。

 性根は変わらない。
 ハーヴィーを見てもスカッとはしない。

 I gotta be free all my life
(Greenback Boogieの一節)
 自由でいるには、死ぬまでbullyと一戦交える覚悟がいる。

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日本は衰退しているだけの事だ、デフレとすり替えるな
2020-06-10 Wed 14:11
 グレゴリー・クラーク『10万年の世界経済史』を読んだのは十一年前だ。
 まだ本棚からは外していない。
 その理由は、1200〜1870年の英国・イングランドのデータから、計量経済史が解き明かした数値と、そこから導かれたテーゼにある。

「産業革命以降の経済先進国での技術進歩率は一般的に一%以上だった。これに対し、産業革命以前の時代には世界規模での長期的的な技術進歩率が年0.05%を超えることさえ一度もなかった。」
(上巻 P.229)

「効率性の向上をもたらす知識資本への投資は、近代的な経済成長の大半をほぼ完全に説明できる要因にとどまるものではなく、近代のあらゆる経済成長の要点なのである」
(下巻 P.28)

「ごく一般的にいえば、効率性の違いこそが、現代経済における豊かな国と貧しい国との所得格差の大半を説明する、究極の要因である。」
(下巻 P.212)

「このように、1800〜2000年における、各国経済の成功や失敗を決定してきた重要な変数は、その経済の生産過程における効率性だった。」
(下巻 P.242)

 日本国のGDPはざっと5兆$だ。
 引用した技術進歩率(上巻 P.229)を適用してみよう。
 Excelで簡単に計算できる。

 0.05%なら100年後、1.05倍になっている。
 5.25兆$。
 ほとんど変化しない。

 1%なら、2.7倍だ。
 13.5兆$。

 1990年から三十年間、日本国は前者のままだ。

 今さら『10万年の世界経済史』を持ち出したのは何故か。

 リーマンショック以降、デフレで経済が不調だ、と多くの経済学者が言い立ててきた。

 Bullshit!

 デフレは見掛け(現象)だ。
 衰退しているからデフレになる。
 デフレから抜け出せないのは、日本が下降しているからだ。

 すり替えてはいけない。

 いい加減に衰退を正面から見ないといけない。
 日本経済は衰退過程にある。
 これを認めないと正しい判断はできない。

『10万年の世界経済史』から学べることは、僕らの国における効率性、生産性の向上が止まってしまった事だ。

 デフレと嘘つくな。

 衰退とはっきり受け止めよう。
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100歳の伯母は枯れ木のように逝く
2020-06-09 Tue 12:41
 四年前母が亡くなり、介護ホームの隣部屋に母の姉が残された。

 ホームから母の姉のお看取りの相談があった。
 十時半、後見人(弁護士)といっしょにホームドクターの説明を受けた。
「期末期医療における希望事項(リビング・ウイル)」にサインした
 
1.病状が悪化したとき、施設で行える範囲の治療を希望する。
2.食事を摂れなくなったとき、自然に任せて無理な治療は希望しない。
3.期末期医療の医療として、看取りケアを希望する。

 痩せ、しぼんでいた。
 枯れ木のようだ。
 眠っている。

 母の時もそうだった。
「わるい死に方ではない」と思った。
 100歳の伯母は枯れ木のように逝く。
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ウイズ・コロナ時代、シャッター通りはどこへいく
2020-06-08 Mon 15:18
 自然消滅しかけていた商店街がコロナに加速され、消えるってことだろうか。
 コロナがなくてもいずれ絶えていた。
 寿命は尽きていたのだから、感傷はいらない。

 まだ跡かたは残っているが、蘇ることはないだろう。

 昭和も、戦後も戻ることがないように、時代といっしょに消滅する。

 僕は蒲田の小さな商店街で生まれ育った、団塊世代だ。
 舗装されていない、埃っぽい道の左右に店が横並びしていた。
 スーパーで買えるものがそこにあった。

 1989年に、僕らの時代は終わっている。

 日本は長い停滞から、本格的な衰退期を迎えている。
 僕らはいい時代を生きたと思う。
 シャッター通りにわずかに生き残ったお店に立ち寄ることもできる。

 自分の寿命と時代と日本の命運が折り重なった時代を十二分に楽しんだ。

「今日の感染者は⚪︎⚪︎人」
 天気予報のようだ。
 コロナも、スーパーもショッピングパークもクソ喰らえだ。

 see you again
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ウイズ・コロナ時代、必須職種は激減する
2020-06-06 Sat 10:41
 今日は誕生会だ。
 二人の息子は誕生日が6月初旬に重なっているので、まとめてやることが慣例になった。
 家族四人が揃うことが少なくなったから、いい機会だ。
 
 誕生プレゼントがいち早く届いている。
 アマゾンからだ。
 それぞれが頼んでいるのだが、送られてくる段ボール・ボックスのロゴは一緒だ。

 これによって何人、どんな職種が省かれるか。

 小売店の店員、レジ係・・・交通機関の従業員・・・包装紙制作者とデザイナー・・・店舗内の清掃、管理員・・・・。

 しかしもうこの流れは止めようがない。

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飛行機雲は天空へ、ディープインパクト最高傑作コントレイル
2020-06-05 Fri 10:13
 サンデーサイレンスの後継種牡馬は、ハーツクライ、ステイゴールド、ダイワメジャーと多くの種牡馬を残しています。
 中でもディープインパクトは最高傑作の種牡馬とされています。
 そして2020年の優勝馬はコントレイルでした。

 初めて馬券を買ったのが昭和41年(1966年)のダービーでした。
 当時は大学の授業へは行かず、渋谷センター街でバイトをしていました。
 実は競馬の事は何一つ知りませんでした。

 店のチーフが「半分乗って欲しい」と言い出しました。
 ダービーだそうですが、ダービーが何かも知りません。
 ダービーで買いたい馬券を買い揃えると、一枚千円で買いきれないから、半乗りしろという訳です。

 渋谷の場外で買いました。
 第33回日本ダービーはテイトオーという競走馬が優勝しました。
 枠連で5160円付きました。

 特券の半分ですから、25800円の配当をもらいました。
 店のみんなにラーメンか何かをご馳走したのを覚えています。

 センター街の暮らしも身に付かず、2年の時から大学へ戻りました。
 拠点が渋谷から、大学のあった御茶ノ水に移ったこともあって、競馬とは疎遠になってしいました。
 競馬と再会したのは関内に勤めるようになってからです。

 半ドンの土曜、日の出町の場外馬券でいたずらするようになったのです。
 初めて馬券を買ってから10年が経っていました。
 当時記憶にある競走馬は次の三頭です。

 テンポイント(1976年ダービー 7着)
 トウショウボーイ(1976年ダービー 2着)
 グリーングラス(1976年ダービー 不出走)

 なぜか記憶の三頭はいずれもダービーには縁のない競走馬ばかりです。
 
 僕の勝手な想像ですが、コントレイルはディープインパクトの最強種牡馬となると思っています。
 五、六年後には彼の子供たちが日本競馬を席巻することでしょう。
 その頃まで筆者の寿命や頭脳がどうなるか保障の限りではありません。

 楽しみが先にあるのは、老人にとってわずかに残された希望です。
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終戦の日も列車はダイヤ通りに動いていた
2020-06-04 Thu 12:06
 ブックオフの本棚を眺めていたら、帯に「終戦の日も列車はダイヤ通りに動いていた」と宣伝文句の書かれた本が目に飛び込んだ。

 この事実はけなすこともほめることもできる。
 日本人論でやれば間違いなく、美徳の一つに祭り上げられるだろう。
 僕は中間に立ちたいと思う。

 昭和天皇による敗戦の詔勅(しょうちょく)がラジオで流れても、日常は失わなかった。

 しかし新型コロナ感染症は、航空機をストップし、列車から乗客を奪った。
 飲食業、宿泊業からお客を根こそぎそぎ落とした。
 コロナは日常を奪ったのである。

 言葉が先行する。
「ニュー・ノーマル」である。
 新しい日常の事であるらしい。

 誰が模索しているのか?

 少なくとも僕の日常は、毎日少しずつ変えているという自負も手応えもある。

 コロナがあろうとなかろうと、自分が決め、動く。
 
 七十二歳になる非生産性世代が言うのは口幅ったいのであるが、
 現役であれば、
「自分の仕事は本当に必要か?」とまずは問うだろう。
 
 そう問おう。
 なら、お役所仕事の大部分がいらなくなるだろう。
 同じ目で、自分は大丈夫か、考えてみよう。

 危機は合理化の起点なんだと思う。
 かってなかったような労働力の再編成が待ち受けている。
 コロナ禍は、見過ごされてきた要らない仕事をあぶり出し、この連中は必要としない、この仕事は不要不急だと選別するだろう。

 今日も列車はダイヤ通りに動いている。
 それを管理しているコンピュータシステムを鉄道マンが監視する。
 しかも鉄道マンがいつAIに代わってなんら不思議はない。

 人は消える。

「コロナの日々も列車はダイヤ通りに動いていた」
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苔と出会って育成を始める
2020-06-03 Wed 10:17
苔と出会って育成を始める

 伊勢原(神奈川県)に豊田屋商店という、雑貨屋があります。
 看板は「民芸品・お祝い用品」とありますが、品揃いは雑貨です。
 伊勢山皇大神宮行きのバスに乗らず、町歩きした時、見つけたお店でした。

 何気に買い求めたのが、総ステンレス製の「特許 霧吹き」です。

 数年放りっぱなしでした。
 水漏れはまったくありません。
 霧が均等に吹き出す、優れものです。
 
 でしたが、用途がありません。
 繊細な箇所への霧吹き、小空間、小世界に似合いそうです。
 が、何に使っていいものやら、回答のないまま年は過ぎて行きます。

 ところが苔に出会ったのです。

 旅先でコケを採取いたしました。
 植物を育てたいという気持ちはありましたが、何せズボラです。
 これなら育てられそうだと思いついたのが、旅先の道端にあるコケでした。

 育てる手間が楽そうです。
 平鉢に、収集したり買った苔を植えました。
 朝夕、一度霧吹きで水やりするだけなのですが、何か趣味が増えたような気分で楽しいものです。
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厚労省「発症9日以内の人に唾液PCR検査」で再び目詰まり
2020-06-02 Tue 16:27
 厚生労働省は今日から、新型コロナウイルス感染を調べるPCR検査の検体に「唾液」を使用することを全国の自治体に通知した。
 問題は余分な一行が付いていることだ。

「発症から9日以内の人に対しては唾液を使った検査を可能とし、公的医療保険の適用対象にすること」

 新型コロナウイルス感染者は、発症者と無症状者がある。
 1.発熱や咳、肺炎などの症状がある人(有症状感染者)
 2.全く症状の出ない人(不顕性感染者)

 これでは発症してない者に「唾液」は使えない。
 従来どおり、粘液を鼻腔や口腔奥から綿棒で採る、感染リスクの高い方法を繰り返すことになる。
 これによって検査数も限られてくるが、何より症状はないが感染力はある不顕性感染者の検査体制、発見・隔離が遅れることだ。

 bloombergによると、
「唾液を用いたPCR検査については、厚労省が、自衛隊中央病院に入院した新型コロナ患者の凍結唾液検体を使い、分析を進めていた。その結果、症状発症から9日以内の症例で、従来の鼻や喉をぬぐう方法による検査結果と「良好な一致率が認められた」という。」

 つまり、初めから不顕性感染者は除外しているのである。
 無症状者だから誰彼を捕まえて検証する方法もないのだから、厳密に「発症から9日以内の人に対して」と限定したのが見て取れる。
 結論だけで見れば、有症状感染者は「唾液」からウイルスが検出されるが、不顕性感染者は検出されないという論理である。
 
 実証されたことは採用するが、実証できてないことは責任を問われるから除外したのである。

 しかし、ここから目詰まりが始まる。
 いつものパターンが繰り返されることになる。

 どこかの小学校B学級に新型コロナウイルス感染者が出たとする。
 B学級あるいは全校学童及び関係者のPCR検査が実施される。
 ところがその検査法に「唾液」は適用されない。

 どこかの病院、老齢者施設でも同じことが繰り返される。

 この連中(官僚)が小役人根性で、目詰まりを生みだしている。
 これを正すことにまたまた数ヶ月を要すことだろう。
 彼らには想像力のカケラもない。

 国民の命より、自分の保身があるばかりだ。 

 矜持を失ったこの国の官僚の劣化は目を覆うばかりだ。
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