老人の仙人化阻止プラン
2016-04-08 Fri 14:16
一日にできることは限られてある。

老年にあっては、絶対的限界として体力を意識するようになる。

三月は熊野純彦訳ハイデガー『存在と時間』と首っ引きで過ごした。
明けても暮れても、体力のギリギリまで読込んだ。
結果、他のやるべきことはすっ飛んでしまった。

四月に入り、木田 元 監訳ハイデガー『現象学の根本問題』に着手したが、予備知識が不足し、前に進めなかった。
そのため、カント『純粋理性批判』を中山 元訳全七分冊で一通り目をとおすことにした。
が、これはこれでおもしろくなった。

準備のつもりが本格的に読むことになった。

ハイデガーで充分こりていた。
体力の限界まで突っ込んだから、生活のバランスが崩れ切った。
ルーティーンを取戻すのがたいへんだったから、次の決め事を設けた。

1.日に三時間以上は『純粋理性批判』の読書に当てない。
2.おもしろい箇所があったら論文や他の著書などにも目をとおし、道草し、けっしておぼれない。
3.日課であるマーケットウォッチングもおろそかにせず、仙人化しないよう警戒する。
4.ウォーキング、ストレッチ、筋トレと身体を動かす時間を配分する。
5.先を急がない、今日を楽しむ。
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老人は無為に倦んじて
2016-01-13 Wed 13:27
早朝スポーツ新聞を買いに国立病院通りのコンビニに歩いていくと、駅へ向かい足早に、あるいは時々小走りになって時間短縮を試みる勤め人とぶつかりそうになる。
こちらは悠然と歩いている。
いかにも「悠悠自適」をただよわせ、脇に身をひいて受け流す。

ジャージにダウンジャケット、サンダルの老人に何の威厳もないだろうが、何事にも追掛けられることのない老人の矜持のようなものに囚われ、ついやってしまう。

そもそもスポーツ紙そのものが雑事の固まりである。
そこに書かれている一つとして、知ろうと知るまいと何の影響もない。
暇にあかせ、スタンドからつまみ上げたペーパーの、端から端まで舐めつくす?だろうか。

しかしまあ、「老人は無為に倦んじて」などというのは出来すぎ、言い過ぎというものだ。
そうした一瞬に自分の境遇を誇張したいのである。
無為をひけらかしたいのである。

潤沢な時間など誰にあってもあり得るはずもない。
小金もあって生活苦にわずらこともないのであろうが、それはそれで幸福とはいえない。
胸の内に沸々と無言の繰り言が泡のごとく浮き上がり、つまらぬ嫉妬が頭をもたげる。

足早に会社に向かう勤め人の強烈なベクトルが直射し、なくしたものを渇望する自分自身に、思わずたじろぐのである。
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二つの新年会
2016-01-01 Fri 22:09
家族の新年会は車椅子が入りやすい事務所にしつらえた。
2.4m×0.9mの作業デスクに御節を並べ、介護老人ホームから息子たちが押す車椅子で帰宅した母と伯母を迎える。

伯母は食卓の料理を食べた。
施設がお持たせした御節のお重には手を付けなかった。
母は施設が用意してくれた嚥下食の御節を食べた。

施設に帰った後、やり残した作業をした。
Excelで作表した「2015年一行日誌」をPDF文書にして保存し、年末、読売、日経、東京、朝日の各紙の書評家がえらぶ「今年の三冊」からリストアップした8冊の一部をAmazonに発注した。
七草までには、山本義隆『私の1960年代』を読むことと、神社詣でをしたいと思っている。

明日は二階のリビングで友人たちと新年会だ。
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老いのパフォーマンスはきびしいトレードオフにさらされて
2015-06-06 Sat 10:43
人それぞれでしょうが、ぼくの場合、読書量が心身のバロメーターになります。
食欲に似て、心身が疲れてくるととたんに量が減ります。
ふだん苦にしたことがないものですから、それを苦痛に感じたときは要注意です。

高校時代が一番鮮明なのですが、読書タイムは通学の行き帰りの車中、それに授業中でした。
帰宅しても部屋の隅で文庫を広げていたように記憶しています。
一日本を読んでいる。

教科書は学校に置いたたまにしてありましたから、勉強した記憶がありません。
それより岩波文庫を片っ端から読んで、ひらくたびに世界が広がっていく体験に夢中でした。
今となっては一生ものの趣味ですから、昔も今も本に埋もれていれば満足です。

今回は風邪が長引き、読書もままならなかったものですから、病自体の診断とは別にぼくにとっとは「重篤」な問題となっています。

本を手にするのもおっくうになりましたから。

一週間ほど経過し痛風が併発し、本が読めない上に車椅子ならぬ、キャスター付きイスを駆らなければ室内を移動できない。
重ねて、四肢のどこかに支障が起こると、直ちに車椅子的生活が待ち受けていることを思い知った訳です。
その不自由さに愕然としました。

トイレは無様でした。

今回の出来事は、みごとに未来を語っています。
そう遠くない、近未来の自分の姿を映し出しています。

体力が削がれると気力も失われるという厳粛な事実。
読書に現れたのはそうした実態でした。
加齢、老いに加え病いが待ち受けています。

両面から、生活の様々な場面でパフォーマンスは低下するでしょう。

一つをムリに補おうとすると、他のパフォーマンスが落ちます。
読書量を増やすと、たとえば運動量を減らさないとやりくりできない。
若い頃には思いも寄らなかった、トレードオフの関係が浮かび上がってきます。

現に痛風の発症は「飲み過ぎ」にもありますが、旅行で毎日二万歩近く歩きつづけたことも良くなかったようです。

ひたすら読込んでいく、そうした読書のスタイルは変えていかざるを得ないでしょうね。
好きなことですからやりたいことの一つとして相対化していくのは好みません。
読書のスタイルをかえる、工夫してみることにします。

・毎月一冊あるいは四半期に一冊の本をえらび、それを軸とした面読書をたのしむ
・昔読んだ本を読みかえし、再び深く味わう

「車椅子的生活」を余儀なくされた時の生活のあり方もおぼろげながら浮かんできます。
いまの生活を100%と置いて、引き算した生活ではいけないと直感しました。
むしろ車椅子で台所に「立」ち、朝食やランチを調理する。

自分のやれることを拡張する。
いままで他が手一杯で余り手のつけなかったことを、今度は積極的にやる。
意識をひっくり返す。

できるだけ「車椅子的生活」の未来を遠くに押しやるにはどうしたらいいか。
そう現状肯定的に考える。
けれどそうなったらそうなったらで、自分の拡張を探ればいいと。
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桜散る、ぼくらはみんな失業者
2015-04-11 Sat 07:42
ぼくらの桜は雨で散りはじめていました。
伊東駅から松川河口へつく頃には雨が本降りなってきました。
花弁が大勢流れていきます。

大雨になりそうです。
遊歩道にそっておかれた燈火も今日は灯されることはないでしょう。
桜を残しさっさとホテルに飛び込みました。

1

年金三人組は一泊7,344円で、飲み放題食べ放題を楽しみに来ました。

ぼくらは仕事がないのですから失業者のようなものです。
老人とはまずもって失業者であります。
我沒什麼事干、正無聊著。

「私は何もすることがなくて、退屈にしている。」

平日にホテルですから贅沢なものですが、ふだんはこの難しげな漢字「無聊(ぶりょう)」が名も体も表しているように思います。
しかして、老人は失業者であり、無聊であります。
有り余った時間をいかように埋めるか算段し、限りあるフトコロに相談し、今日こそは待ち受ける飲み放題に心身をまかせます。

不良老年のナンパ気分を抱え、ロビーで顔見知りになった奥様のテーブルに三人で押しかけ、旦那を巻き込んで飲みはじめました。
彼はぼくと同年生まれと分かり、「早生まれは大変だった。」のやりとりで大いに盛り上がりました。
彼は二月、僕は三月生まれで一気に打ち解けました。

若い奥さんです。
実年齢をコクられましたが、実際二十歳は若く見えたのです。
ご旦那はいきさつをとがめることもなくも、まわりのテーブルに人がいなくなるまで飲みつづけます。

彼は65歳で定年し、今は月に十日働いているそうです。
「週に二日か」と思うと、その適量にうっとりしたものです。
定期的に仕事があるのはうらやましきかな。

「新たな仕事」
なんという誘惑でしょう。
ざっとこんなことです。

・なにがしかの収入がある
・わずかだが社会貢献できる
・人と交わる楽しみがある
・その日その日に充実がもてる
・長年つちかったスキルが多少なりとも生かせる

年金三人組は若い奥さんと仕事のある生活への憧憬にしこたま酔いしれました。
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