二つの新年会
2016-01-01 Fri 22:09
家族の新年会は車椅子が入りやすい事務所にしつらえた。
2.4m×0.9mの作業デスクに御節を並べ、介護老人ホームから息子たちが押す車椅子で帰宅した母と伯母を迎える。

伯母は食卓の料理を食べた。
施設がお持たせした御節のお重には手を付けなかった。
母は施設が用意してくれた嚥下食の御節を食べた。

施設に帰った後、やり残した作業をした。
Excelで作表した「2015年一行日誌」をPDF文書にして保存し、年末、読売、日経、東京、朝日の各紙の書評家がえらぶ「今年の三冊」からリストアップした8冊の一部をAmazonに発注した。
七草までには、山本義隆『私の1960年代』を読むことと、神社詣でをしたいと思っている。

明日は二階のリビングで友人たちと新年会だ。
別窓 | 生老病死 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
老いのパフォーマンスはきびしいトレードオフにさらされて
2015-06-06 Sat 10:43
人それぞれでしょうが、ぼくの場合、読書量が心身のバロメーターになります。
食欲に似て、心身が疲れてくるととたんに量が減ります。
ふだん苦にしたことがないものですから、それを苦痛に感じたときは要注意です。

高校時代が一番鮮明なのですが、読書タイムは通学の行き帰りの車中、それに授業中でした。
帰宅しても部屋の隅で文庫を広げていたように記憶しています。
一日本を読んでいる。

教科書は学校に置いたたまにしてありましたから、勉強した記憶がありません。
それより岩波文庫を片っ端から読んで、ひらくたびに世界が広がっていく体験に夢中でした。
今となっては一生ものの趣味ですから、昔も今も本に埋もれていれば満足です。

今回は風邪が長引き、読書もままならなかったものですから、病自体の診断とは別にぼくにとっとは「重篤」な問題となっています。

本を手にするのもおっくうになりましたから。

一週間ほど経過し痛風が併発し、本が読めない上に車椅子ならぬ、キャスター付きイスを駆らなければ室内を移動できない。
重ねて、四肢のどこかに支障が起こると、直ちに車椅子的生活が待ち受けていることを思い知った訳です。
その不自由さに愕然としました。

トイレは無様でした。

今回の出来事は、みごとに未来を語っています。
そう遠くない、近未来の自分の姿を映し出しています。

体力が削がれると気力も失われるという厳粛な事実。
読書に現れたのはそうした実態でした。
加齢、老いに加え病いが待ち受けています。

両面から、生活の様々な場面でパフォーマンスは低下するでしょう。

一つをムリに補おうとすると、他のパフォーマンスが落ちます。
読書量を増やすと、たとえば運動量を減らさないとやりくりできない。
若い頃には思いも寄らなかった、トレードオフの関係が浮かび上がってきます。

現に痛風の発症は「飲み過ぎ」にもありますが、旅行で毎日二万歩近く歩きつづけたことも良くなかったようです。

ひたすら読込んでいく、そうした読書のスタイルは変えていかざるを得ないでしょうね。
好きなことですからやりたいことの一つとして相対化していくのは好みません。
読書のスタイルをかえる、工夫してみることにします。

・毎月一冊あるいは四半期に一冊の本をえらび、それを軸とした面読書をたのしむ
・昔読んだ本を読みかえし、再び深く味わう

「車椅子的生活」を余儀なくされた時の生活のあり方もおぼろげながら浮かんできます。
いまの生活を100%と置いて、引き算した生活ではいけないと直感しました。
むしろ車椅子で台所に「立」ち、朝食やランチを調理する。

自分のやれることを拡張する。
いままで他が手一杯で余り手のつけなかったことを、今度は積極的にやる。
意識をひっくり返す。

できるだけ「車椅子的生活」の未来を遠くに押しやるにはどうしたらいいか。
そう現状肯定的に考える。
けれどそうなったらそうなったらで、自分の拡張を探ればいいと。
別窓 | 生老病死 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
桜散る、ぼくらはみんな失業者
2015-04-11 Sat 07:42
ぼくらの桜は雨で散りはじめていました。
伊東駅から松川河口へつく頃には雨が本降りなってきました。
花弁が大勢流れていきます。

大雨になりそうです。
遊歩道にそっておかれた燈火も今日は灯されることはないでしょう。
桜を残しさっさとホテルに飛び込みました。

1

年金三人組は一泊7,344円で、飲み放題食べ放題を楽しみに来ました。

ぼくらは仕事がないのですから失業者のようなものです。
老人とはまずもって失業者であります。
我沒什麼事干、正無聊著。

「私は何もすることがなくて、退屈にしている。」

平日にホテルですから贅沢なものですが、ふだんはこの難しげな漢字「無聊(ぶりょう)」が名も体も表しているように思います。
しかして、老人は失業者であり、無聊であります。
有り余った時間をいかように埋めるか算段し、限りあるフトコロに相談し、今日こそは待ち受ける飲み放題に心身をまかせます。

不良老年のナンパ気分を抱え、ロビーで顔見知りになった奥様のテーブルに三人で押しかけ、旦那を巻き込んで飲みはじめました。
彼はぼくと同年生まれと分かり、「早生まれは大変だった。」のやりとりで大いに盛り上がりました。
彼は二月、僕は三月生まれで一気に打ち解けました。

若い奥さんです。
実年齢をコクられましたが、実際二十歳は若く見えたのです。
ご旦那はいきさつをとがめることもなくも、まわりのテーブルに人がいなくなるまで飲みつづけます。

彼は65歳で定年し、今は月に十日働いているそうです。
「週に二日か」と思うと、その適量にうっとりしたものです。
定期的に仕事があるのはうらやましきかな。

「新たな仕事」
なんという誘惑でしょう。
ざっとこんなことです。

・なにがしかの収入がある
・わずかだが社会貢献できる
・人と交わる楽しみがある
・その日その日に充実がもてる
・長年つちかったスキルが多少なりとも生かせる

年金三人組は若い奥さんと仕事のある生活への憧憬にしこたま酔いしれました。
別窓 | 生老病死 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
大塚家具会長列伝
2015-03-29 Sun 16:13
六十七ともなれば、そんなに時間は残っていないし、先は見えている。
そう自覚し、そう認識もされていることだろう。

一人暮らしが身についていないと気づいても、自分が取り残される実感はない。
それはもう落ち度ともいうべき人生戦略の欠陥だとは認めるが、生きて来た時代相からそんなにズレている訳ではなかった。
孤独はさけられない。

家庭的孤独もあるし、仕事から遠ざかるに従い、人は去り、充実した日々も色あせる。

多少に違いはあっても、成功のあじを実感した時代が背景に広がっていた。
運がよい世代だった。

それにしても子供たちの時代は運が悪い。
成功を知らない。

多くがそれを享受した時代と、栄光と成功から隔絶した時代。

なのにと思う。

子供が成長し喜んでいいはずなのに、取り残されたような気分がどこからかただよってくる。
やるべきこと、やりたいことの不足してくる老年には、自立した我が子がただただまぶしく、目もくらみ気持ちもゆれる。
それは暗愚とは違う。

四歳かそこらしか違わない彼が「あと二十年はやれます」と述べていた。
それをこっけいだと思いながら、笑えない。

人生の成功者とくくってしまうと味も素っ気もないが、上場会社の会長であれば、いくつも違わないこの男に称号を与えて過不足あるはずもない。
自分も多少とも何ごとか成し遂げて来た気はするが、彼のような「勲章」はどこを見回しても出てこない。
それは悔恨ではなく、しいていえば落胆のように後退的感情で、ただやっかみかもしれない。

妄想がなければ生きていけない歳になったのだろう。
次世という実行性のない宿題をかかえ、はてしなく妄想に生きる。
老年にはそういう一面がある。

過ぎ去った成功体験が彼にはまだ残っていて、すがっていける。
決着のついた人生であれば、達観へとゆっくり後退していけただろうに、かれはもとの道へ引き返そうとしてもがいている。

他人のことだ、土足で上がり込んであれこれ言えるのであるが、あれもこれもとひっくり返し、結局自分の問題だと思いなおすのである。
「どうやって生きるか」
その裏側には「どうやって死んでいくか」の文字がはり付いている。
別窓 | 生老病死 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
母、九十の春のビギナーズ体験
2015-03-20 Fri 15:46
母は初めて九十を体験するのです。
二十歳の若者が二十歳であることを持て余すように、九十を戸惑いながら受け入れているように見えます。
九十だからといって、九十を初心者として生きることに変わりはないのです。

「便せんに七枚お手紙を書いていました。」

強い意思をもっていても、それを発音するのが日々難しくなっています。
飲み込みも容易ではないようで、唾液でむせることもたびたびになってきました。
日記は時々つけているようですが、一昨日は麻痺の来ていない右手で一日お手紙を書いていたようです。

Y有料老人ボームの二階、母の隣りの部屋へ母の姉の入居が決まりました。
母はそれがうれしく、これからは毎日会えるのに、気持ちを伝えるためにお手紙に取り組んでいたのです。

入居した姉は九十五歳になります。
デーサービスでなんとか一人暮らしをつづけていましたが、いよいよダメだとさとったらしく、老人ホームの入居を決断しました。
母は夢のようだと喜んでくれました。

昨日入居し、まっ先に母に伝えたのは食事の事だったようです。
冷たくなったお弁当でしたから、ホームの温かい夕食をおいしいと。

逆入力法

今日は二週間ごとに母を看てもらっている女医さんが来ていました。
レセプトの入力方法が独特です。
画面を下にして、キーボートの方をあげて、空中入力をしています。

母はそれに気づくこともなく、うとうとと半開きになったまさなしで、女医さんに「眠気をとって欲しい」とくり返えしうったえていました。

九十と九十五の姉妹の日々はうとうとゆったりつづいていくのでしょう。
別窓 | 生老病死 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
BACK | 三保小次郎日誌 | NEXT