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かにが沢公園の梅
2013-02-15 Fri 16:43
半日のんびりした。

ロティボティ (ROTI BOTI)でランチ。
ワタリガニとカリフラワーのカレー。
玉ねぎサンドナンにターメリック飯、ジャガイモのパコラ。

1

寒いので外に出たくない。
東京喫茶で時間をつぶす。
かにが沢公園の梅がほころびはじめていた。

もうすぐ春だ。
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わが家にはニワトリもガチョウもブタもいない
2013-01-17 Thu 08:53
昼食前だ。
消耗していた。
こたつに足を投げ出しテレビ画面をおった。

中華人民共和国黒竜江省碾子山(ニェンズシャン)駅。

発車時間の合間をみて、関口知宏がかっての花崗岩の産地に降り立つ。

「どこから来たんだ。」
「ニッポンです。」
「旅行か。こんな所に。なにを見ようというの。」

「石の産地だと聞いたものですから。」

農家の庭先に古い石臼が残されていた。
石職人であふれていた村に今残っているのは一人だという。
細々と農業で暮らしてる。

10月の末で関口はそでをこすりながら寒い、寒いをくり返す。

石臼のおかれていた農家の老夫婦がボットにお湯を持ってくる。
コップに注ぐ。
関口知宏は日本から持ってきていたほうじ茶のパックをそこに入れた。

「暖まる。」

老人はいう。
「わが家にはニワトリもガチョウもブタもいない。」
発車の時間が迫る関口知宏に、もっとゆっくりしていけと声をかける。

貧乏という言葉はなかった。
わざわざ寄ってくれたのにお湯しか出せない。
熱いお湯でもてなすことしかできない。

見ていて凍えていた気持ちが温かくなった。
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坪庭、六方石と人工孟宗竹、水鉢
2012-10-14 Sun 16:09
首がこりこりに固まりました。
15時過ぎに、宅建問題80問完了です。
一息ついて、明日クライアントに提案する、坪庭のスケッチ。

一坪ですが、
四方から坪庭をのぞめるのが、このプランのおもしろみです。

これを生かしたデザイン。

和室、猫間障子をあけると坪庭がみえます。
和室とリビングをつなぐ廊下から。
リビングから。

玄関ホールの飾り棚の開口から。

長方体に切り出された六方石を数本たて、
青みのきいた葉付き人工孟宗竹と組み合わせます。
和でもなく、洋でもないシュールな坪庭。

一本の六方石の上に水鉢をのせます。

花を浮かべ、
水草を配し、
メダカを飼ってもおもしろい。

六方石と人工孟宗竹はフィックスですが、水鉢は毎日クライアントが創造する世界です。
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スウェーデンの夏、サマーハウス、褐色の壁
2012-10-08 Mon 15:34
写真は、宮本和千代さんの作品です。

サマーハウスを描いています。

スウェーデンの夏は「ちょぼちょぼとした春のような陽気」だそうです。
気温は上がってもせいぜい24、5度。
6月の半ばから8月の前半にかけ、スウェーデンの人たちは4週間前後の夏休みをサマーハウスで過ごすそうです。

CサマーIMG0522

ほとんど夏の休暇だけのために用意した小屋です。

古い農家に手を入れ、直し、手作りするそうです。

なによりこの絵を求めたのは、壁の色にみせられたからです。

アルベール・カーンが残したカラーの写真コレクションのなかに、その写真はあります。
第一次世界大戦(1914年〜1918年)直前のスウェーデンの農家の写真です。
写真の木壁の塗装が宮本さんの描いた現在のサマーハウスと同色です。

たぶん同一塗料を使っているのだと、かって想像にしています。

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オダサガ和かん、静ひつ空間
2012-10-06 Sat 09:01
二畳台目(にじょうだいめ)を模した二辺にカウンターが回されてある。
客は、和服の「婦人」を前にして、椅子に座る。
六人かければ満席である。

ここはオダサガの和かん。

早い時間客は来ない。
穴場時間だ。
「ママ」を独り占めして話し込める。

話は尽きることがない。

一流どころで修養し、今も芸事の研さんをつづけている。
読書家だ。
話に錆がきていない。

いつだってあたらしいし、古典も踏まえている。

客はいろいろだ。
初対面から遠慮のないおばさんも来る。
なぜが全身自慢げな男も、不愉快をふくらませパンパンのおやじも来る。

「あなたは、ママのような人が好きなの、それで来ているの。」

大きなお世話。
良質なお話をお話しする。
通じません。

「お黙り。」

ママの援護射撃を潮時に退散する。

飲み屋の居心地は一時のものだ。
仲間ができ、いずれつるむようになる。
居心地のいい所ほどサロン化する。

退屈が増してくる。

グルメは話じゃ味わえない。
高級酒も酔えずばまずい酒。
物質は増えるほど貧しさが増す気がして説明困難症で立ち往生しそうだ。

欲にギラギラした若者は好きだ。

そういう人はどこかすぐれた所もあって、立っている。

しかしこちらは六十四歳の老人である。
欲が乏しくなっている。
食欲も性欲も細くなりほどほどで、万事に控え目になっていく。

サロン化すると、そうした若さのぎらつきがうっとうしくなる。

自分の若気を見るようで応援したい気もするが、老人は離れ消えていくものである。

ひとりママと対座するのが至高になってくる。
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