未来年表
2013-10-28 Mon 14:16
1991年12月20日、はじめて未来年表を描いた。
プリンターのついたワープロ専用機で打ち出したので、あらいドット文字がA4一枚に残されてある。
43歳の男が、十年後53歳である未来の自分をそのなかに投影していた。

あれからすでに二十数年がすぎている。

彼は、まちがいなく僕自身であるが、どこか他人のように冷たく突き放してみることができた。

荒けずりであったが、あけすけにおのれを打ち出していた。
率直な表明が伝わってくる。
今それができるだろうか。

43歳の男は、53歳の未来があることを疑っていない。
65歳の男は、十年後があることもないことも、ともに受けいれる。
年表にぽっかりあいた空白、はたして未来年表は実のある行いなのか。

それは43歳の男も、65歳の男も変わらぬ宿命だろう。
かっての自分がそうであったように、率直に十年後の自分がどうありたいか問おう。
未来年表の白紙に書き込んでいこう。

自己イメージを書き付ける。

0年後
なお日々のなかに創造の場を築こう。自己満足か、人生を深く生きることにつながるか、こころみよう

3年後
粗野で下品な汚れた世界、金まみれの世界に乗り出し、なおかつ自ら最高のものを引き出し、世の中に役立とう

5年後
何ごとも受け止めていくようなら、満足ということに則をもうけない自由な境地を拓いていけよう

10年後
今日を楽しみ、明日を思わない

年末までの二ヶ月の間、家族、仕事、富、余暇、健康の白紙をうめる作業を楽しもう。
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