『夫婦善哉』十倍返しー恋は食からー
2013-08-28 Wed 10:06
小説を読んでおくと、NHK土曜ドラマ『夫婦善哉』が倍返し、十倍返しで楽しめる。

昨日は、友人と神泉のボラーチョ (BORRACHO)で、牡蠣グラタンとムール貝の汁をフランスパンで拭って食べた。
その行き帰りの車中で、青空文庫から印刷した織田作之助『夫婦善哉』を読んだ。
主人公蝶子ははっさい(お転婆《てんば》)で売っていたから、その性格そのままに、話しのテンポも速い。

四百字詰め原稿90枚ほどの小品で一気によめた。

もたもたした所がなく、歯切れの良い文章だ。

関西弁は関東の者にはべとついた感じがする。
若手の漫才なんかで見るとそんな感じは全くないが、もったりとした印象はぬぐえない。
しかし大阪弁は下町言葉なんだろうか、独特のリズムというか躍動感がある。

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維康柳吉(これやすりゅうきち)を演じる森山未來が好きで、気がつけば観るようにしている。
第一話、本妻に「気色悪い」と言わせたライスカレーを蝶子と食べるシーン。
ドラマの店の壁には「カレーライス」とお品書きがあるのはご愛嬌で、平皿に盛ったまぶしカレーご飯の真ん中に、生卵がのっている。

僕はライスカレーとカレーライスは別物だと思っているが、ここでは省略しよう。

学生の頃、学食のライスカレーは五十円かそこらで、お茶の水に新しくできたカレー屋のご主人は関西の人で、生卵をのせた。
昭和40年代の初めで、これが百円か、百二十円であっても学生の身分ではなかなか口にできなかった。

だからライスカレーに生卵は違和感がない。

これをスプーンでカチカチいわせながら、混ぜこぜにする。
小説にはこうある。
“楽天地横の自由軒で玉子入りのライスカレーを食べた。「自由軒《ここ》のラ、ラ、ライスカレーはご飯にあんじょうま、ま、ま、まむしてあるよって、うまい」とかつて柳吉が言った言葉を想い出しながら、カレーのあとのコーヒーを飲んでいる”

「こんなうまいもん食わんと死ぬやつはアホやで。」

どんなものが「うまい」か。

“下は夜店のドテ焼、粕饅頭《かすまんじゅう》から、戎橋筋《えびすばしすじ》そごう横「しる市」のどじょう汁《じる》と皮鯨汁《ころじる》、道頓堀《どうとんぼり》相合橋東詰《あいおいばしひがしづめ》「出雲屋《いずもや》」のまむし、日本橋「たこ梅」のたこ、・・・”

“いずれも銭のかからぬいわば下手《げて》もの料理ばかりであった。”

好きな人と食べるからうまい。
これは大ウソだ。
うまいものをふたりで探し歩き、いっしょに賞味し、だんだんと相性がたしかめられていく。

うまいものをめでるうち、たがいに魅かれていくのである。

たかが食だ。
恋愛と無関係の、どうでもいいことのように思うかもしれない。
それでもいっしょに飯を食べることは欠かせない。

人となりというわけの分からない概念よりか、明りょうに好き嫌いが出るのである。

などと、織田作之助は理屈はこかない。
柳吉にこう云わしている。
「うまいもん食いに行くからついておいで」

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