金なくばなお楽しめることー自営の知恵ー
2013-08-08 Thu 15:00
ダニエル・ヤーギン『探求 エネルギーの世紀 下』は第31章まで来ました。
先が見えたので、佐々木 力『数学史入門―微分積分学の成立』を読みはじめました。
ネットで用語を調べ、諸説に当たり、寄り道しながら「講義ノート」に聞き入っているしだいです。

あとがきにあるように、大学院数理科学研究科の講義をもとに、二週間で書き下したものだそうです。

とはいえ一気に読み下す能力はないので、一節ごとにそしゃくしながら味わっています。

八方塞がり、俗に手がない所に追い込まれてからが自営の本領を発揮する好機です。
誰も給料を払ってくれません。
稼ぎがなければ自営の道はきびしいものです。

さすがに明日食うことに困ったことはありませんが、お金がなくて、どこへも出かけられないことは多々経験しています。

出かければ金が出ますから、家から一歩も出ないことです。

以下のものは、ないよりあるに越したことはないのですが、チェックリストのように確認していくと、あるかないかは冷徹に決まってきます。
客観的で言い訳の余地もありません。

退職金 ない<ある
預貯金 ない<ある
持ち家 ない<ある
年金  ない<ある

客観的側面は動かしようがありません。
黙って受け入れるしかないわけです。

けれど幸いなことに物事には主体的側面があります。
工夫で何とかやりくりする余地だって残っています。
あきらめないのが取り柄です。

以前はグルメ番組に目がなかったのですが、一生食べることのないごちそうです。
それを眺めていても不快になるだけです。
で、料理番組を見るようになりました。

多少料理をするようになって、感覚が健全になってきたようです。
主婦に近づいたのかもしれません。

仕事が来なければ自営はあがったりです。
第一お金が入らない。
ただし、暇はたっぷりあります。

こんな折はおよそ読書ほど至当な趣味はないというものです。
閑人には暇が毒になりかねないのですが、読書はかえって薬になります。
つまらぬ事をしでかすおそれもありません。

一夏をフッサールの『ヨーロッパの学問の危機と先験的現象学』で過ごしたことがあります。
1997年8月から9月にかけてのことです。

社会に出てからは哲学の本を手にすることなどありませんでした。
相当厳しい環境にあったものですから、やわくてふやけた内容では現実を思い起こし、いたたまれない。
考えてどうにかなるのなら良いのですが、岐路に立てばどちらかに飛び乗るしかすべはないわけです。

一日中読書にふけっていると、森の中の一軒家ではないのですが、いつしかあたりも深閑として車の騒音も耳には入りません。

夏真っ盛りでしたが、暑さも気にならず、ちょっとやそっとではものにならない哲学書と人知れず格闘いたしました。
まあ、どうにもならなかったのですが、頭はスッキリいたしました。
暇を欲しいままにして、頭を自由に解き放ちました。

本当に難し事ととり組まないと頭は自由になれないんだと、確信いたしました。

三昧に近い心境でしょうか。

金なくばなお楽しめること、があります。
私は読書が一番だと思っています。
フッサール、カント、ハイデガー、マルクスは苦しいときの友です。

これ以上の友人はなかなかいないものですが、数学が友となれば充実いたします。


数学史入門―微分積分学の成立 (ちくま学芸文庫)数学史入門―微分積分学の成立 (ちくま学芸文庫)
(2005/12)
佐々木 力

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