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僕たちにとって金銭は生理的なものになって・・・
2013-06-04 Tue 16:15
「時化にあったようなのものだ。」
「しけ?」
「そう、荒れた海に乗り出しちまった。」

彼は株のことをいっている。

16,000円に接近した日経平均は、13,000近くまで急落した。
それを荒波というが、ぼくはさほどに感じなかった。
これが株というものだ。

ぼくは漁師ではないし、釣りも好きではないし、クルージングなんてブルジュア趣味はキライだ。

それでも荒れた海の経験は一度ある。

台風が沖縄に近づいていたが、夏休みの数日を神津島で過ごすプランをキャンセルするまでもなかった。
いまはジェット船が航行しているそうだが、30年前そんな快適な舟はなかった。
島に近づくにつれ大ゆれだった。

艀(はしけ)をかけないと上陸できなかった。
ひどい船酔いだ。
ゆれる艀から静止する陸地に飛びおりた。

わけもなかった。
吐き気は、恐怖にまさった。
静止する大地は、ゆれる海に数万倍もまさっている。

たぶん手持ちの株が値を下げていくのを見るのは、生理的な苦痛に属するのだろう。

そう、僕たちにとって金は生理的なものになっている。
恐怖よりは苦痛の方がつらい。
いゃ、まだ恐怖を味わっていないだけかもしれない。

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