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たぶんぼくの道徳観はこわれているのかもしれない
2013-05-18 Sat 07:48
誠実を問われれば、じつに困る。
しかし不誠実な生き方はしていない(と思っている)。
じゃどっちなんだと言われそうだし、いわれる。

誠実に巾がある。

そう答えるしかない。

一直線の誠実を強いて否定する必要もないが、欺まん、まやかしだと思う。

アベノミクスはバブル政策で、破綻はいずれ来る。
失われたバブル崩壊時代と比較にならないほど悲惨だろう。
「だからオレは投資しない、トレードしない」のか誠実な態度、行動だろうか。

分かっててトレードする。
バブルだから投資する。
バブルだからリスクをとれる。

というと、変だといわれる。

「分かってるならやめろよ。一貫性がないだろう。」
損するのが悪いといってるわけではなさそうだ。
バブルが悪いからやめろと言いたいらしい。

トレードは善し悪しではないし、誠実の問題でもない。

何もかもを善し悪しの問題にしてしまう、そういう感覚がよく分からない。

好きな人ができたとしよう。
トレードより生々しいし、悩ましい。
しかしトレードが恋より劣っているとも思わない。

「同列に置くなよ」
正論だ。
正論はしかし偽善とは親子だ。

すべての人間がそうであるように、すべての恋も制約の中にある。
制約の中にある恋は恋じゃないのだろうか。
そうした制約の中でよりよい関係を追求するのは誠実ではないのだろうか。

どちらも生き方の問題で、人知を超えた世界に左右されているのは変わりがない。

たぶんぼくの道徳観はこわれているのかもしれない。
そう答えるしかない。
道徳以上のものであればちゅうちょはしない。

つまり道徳より上位にある価値を認めてる。

巾をもたせている。

それがぼくにとって誠実の内実である。

道徳に足を取られ投資やトレードをやらなかった。
好きになった人をあきらめた。
そんな選択はない、むろん嫌われたらおしまい。

まぁ、こうした問題は切りがない。

明日は秋田だ。


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