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ユーチューブの記録と記憶
2013-04-16 Tue 08:59
あいまいな記憶は記録によって、わずかに補修される。

昭和43年1月13日、中大昼間部学生自治会は大学当局に四三年度からの授業料値上げ案撤回を要求し全学ストに突入する。
同年2月16日、中大緊急理事会で学費値上げの白紙撤回と理事・監事の総辞職決定、バリケードを撤去する。

昭和44年2月11日、その日の記憶は希薄だ。
駿河台中央大学(当時)の中庭にいたのだろうが、いつとも判別できない記憶の断片しか残っていない。
その後、全学ストライキからバリケード封鎖、機動隊導入による排除、大学当局によるロックアウトとつづいた。

昭和44年8月18日、神田校舎で法学・経済・商学三学部の授業を八ヶ月ぶりに再開したが、真夏の太陽にあぶられ何もかもを蒸発させたアスファルト道路のように、学内もぼくもドロドロに溶けきっていた。


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