ぼくが大学病院をすすめる理由
2013-01-29 Tue 09:02
悪くはなっていないが、良くもなっていない。
声がこもった感じがつづいているそうだ。
こうして正月あけから妻は三週間町場の耳鼻咽喉科医院に通っていた。

待合室には同じように浮かぬ顔をした患者が三十人ほどたまっている。
三時間待たされた事もあった。

「聞こえが悪くて不自由、困っています。」
が、中耳炎の治療法は三週間変わらない。
やめさせた。

近くにK大学病院がある。
即日「鼓膜切開をしましょう」と施術された。
一時「話し声が高音に聞こえる」そうだが、すっきりしたようだ。

さて、ここからはぼくの思い込みだ。

「町場の医院は早く直したら患者が減ってしまう。」
そんな患者たちのえんさ(怨嗟)は根も葉もないうわさにすぎないのだろう。
それよりなにより、一度医師免許をうけたら、死ぬまで医師がつづけられるというのが一番の心配だ。

医学は日進月歩しているはずなのにと思ってしまう。
iPS細胞、山中教授のノーヘル賞受賞。
尊敬する先端の学者との落差を思うとくらい気持ちになる。

そもそも医師免許に更新制度は無い。
一度免許をとったら、あとは「野放し」。

個人的には、数十年前の医学しか知らない者に命をあずけるのは忌避したい。

運転免許ですら講習会がある。
一度もらったらそれでおしまいで用がたりるのだろうか。
そもそも再び体系的に医学を学習する機会があるのだろうか。

ぼくは「危機管理上」K大学病院へ行くことをこれからも家族にはすすめる。

関連記事
スポンサーサイト
別窓 | 事実データ&思考 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
<<アベノミックスの賞味期限、その限界 | 三保小次郎日誌 | ヤレヤレと思ったそこからが相場の上げ潮>>
この記事のコメント
∧top | under∨
コメントの投稿

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
∧top | under∨
| 三保小次郎日誌 |