少年易老學難成
2012-11-27 Tue 13:44
何ごとか分ったつもりになるのは、若気のいたりであると気づきます。

歳をとるごとに無知であることを思い知ります。

それでも思い直し、少しはものが分かってから死にたいものだと考えるようになります。
本棚を見れば、自分がどんなことに興味をもってきたか。
逆算してみれば、あれもこれもとはいきません。

たしかにうかつな人生です。
やり直しのきかない歳になって、十二のときにいただいた漢詩が身にしみるのです。
南蒲小学校の担任であった清水先生が卒業のとき筆でかいてくれたのは、朱熹の「偶成」という著名な漢詩でした。

少年易老學難成
一寸光陰不可輕
未覺池塘春草夢
階前梧葉已秋聲

池塘は「池のつつみ」、階前は「玄関先」、梧葉「青桐の葉」。

いっそ本箱ごと捨てようかと思います。

気のむくまま尽きるまで好きに読むがいいとも考えます。

自分がいくつかテーマを抱え、それを育てていこう、実践にうつそうとする気概が残っているのを感じ、ほっとして本棚を見つめます。
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