『王女の男』、生と死と
2012-11-25 Sun 09:16
録画した『王女の男』第19話ー別離再びーをひとり鑑賞。
生と隣り合う死の存在を強く意識した作品。



王族の娘イ・セリョン
「誰であろうと人は死にます。」

朝廷の重臣の息子キム・スンユ
「父上と兄上が亡くなる前までは、死など自分には縁のないものだと思っていた。だが何度も死にかけ、人の命を奪うたびに、どんどん死が恐ろしくなるのはなぜだろうか。おれもいつどこで死ぬか分からぬ、そうさとったからだろう。」

今日は四十九日の法要があります。
若くしてなくなった姪っ子。
くしくも11月25日は父の命日です、1999年(平成11年)。

巡り合わせです。
法要の前に同じ菩提寺にある父のお墓にまいることにします。
法要は本堂です。

手を合わせるたび不思議な気持ちになるのです。
キム・スンユのいうように個人としては「どんどん死が恐ろしくなる」。
ですが、すべての生きものは死にますが、同時にすべてが生まれてきたことに、恐さよりも自然な畏敬の感情がわいてくるのです。
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