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団塊男の末路、「格差」社会の源流?
2012-09-01 Sat 09:53
名付け親の堺屋太一氏によれば、団塊のもともとの意味は鉱物用語「nodule(ノジュール)」の訳語だという。
堆積物中にできた塊状のもの。
周囲と異質な一団という意味を込めている。

塊というのだから、似た者どうしの集まりが暗示される。

しかしそれは決めつけ。
今もそんな括りがハバをきかしている。
血液型性格判定レベルの思考だ。

あぜんとしたのは柄谷行人『政治と思想 1960-2011』(平凡社 2012年3月)の『「反原発デモが日本を変える」インタビュー後記』”だ。

“かつてデモをやっていた全共闘世代の人々が、以前、集会やデモを抑圧していたということを、今回はじめて知った。なんとも悲しく、情けない話ではないか。最早彼らに期待するとことなどなにひとつとしてないが、せめて「社会のお荷物」とならないために、現在立ち上がりつつある運動の邪魔などせずに、しずかに隠遁していただくことを願う。もちろん「反原発運動」に反対する自由があることも認めはするが。 
2011年6月
週刊読書人 明石健五”
〈同上書 P.229〉

明石くん、「デモをやっていた全共闘世代の人々」って誰のことよ?

「デモをやっていた全共闘世代」つまりは団塊世代には、
デモをしなかったやつも、
デモに反対していたやつも、
黙って就職活動をしていたやつも、
そして弾圧や抑圧にまわった奴らもいた。

どの世代でも同じようなものだろう。

いや、そもそも各大学で全共闘運動をする以前に、当時大学に進学したのは4人に1人。
全共闘運動に参加しようにも、大学にいないのが大半の団塊だ。
75%がそこにいない。

一括りにするのは乱暴で横暴な論理だね。

単純な掛け算をやってみればいい。
大学生の割合×全共闘運動への参加率。
運動を遠巻きしていた連中も「参加」率に入れるならともかく、多く見積もっても10%には達っしない。

消費税といっしょで、せいぜい5%ぐらいがいい所だ。

目一杯見積もって25%×10%で2.5%。
団塊世代2.5%の運動だ。
つくづく全共闘世代というのは滑稽なレッテルだと思うよ。

反原発デモに僕も参加している。

排除の論理がないのが今の運動の良さだと感じている。

だからいっそう明石君の論理に違和感を感じる。
「全共闘世代の人々」論理と、
「今どきの若いもん」論理っておなじじゃない?
そんな思考法はやめようよ。

一括りにされた団塊世代のなかも優勝劣敗、適者生存、歳が歳だからとうに決着はついた。
資産があり収入に困らない連中もいるし、生活保護受給者もいる。
今さら団塊論でもないだろう。

何が明石くんを錯覚させたのかは分からないが、30数年前から団塊はバラバラだし、別々だし、それぞれという常識が分かっていないのは困りもんだ。

上げ潮(高度経済成長期)にのったスノッブ世代も五年もすれば七十である。
金がなければつらい年代にさしかかった。
つまりは、それだけのことだが、いよいよ身にしみる年回りにかかってきた。

今流行のことばでいえば、団塊「格差」といことになりそうだ。
成功者もいれば脱落者もいる。
どの世代だって同じだろう。

「格差論」思考も、「世代論」思考も不毛だよ。


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(2012/03/11)
柄谷 行人

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