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集会デモと日本国憲法第21条
2012-04-05 Thu 12:11
1968年から1969年にかけ、日本の各大学でバリケード、ストライキ、街頭デモといった実力闘争をともなった学生運動が吹き荒れました。
デモ隊は機動隊と衝突し、ゲバ棒、投石、火炎瓶などの映像がくり返し流されました。
その過程のなかで、デモは学生運動家がする過激な示威行為というイメージが強く定着しています。

それはよくもわるくも学生に限定された運動でした。
社会的広がりにおいても、参加者の多様性においても、欠陥をかかえた運動でした。
デモは「政治的」でかつ「過激なもの」、というイメージが強烈にすり込まれていきました。

反原発集会およびデモの呼びかけビラをブログに転載するについて、「政治的」でも「過激なもの」でもないことを理論的に整理しておく必要があります。
そのためには、日本国憲法第21条[集会・結社・表現の自由、通信の秘密]を正確に理解しておきたいと思います。
私の手元にあるのは宮沢俊義『法律学体系 コンメンタール編1 日本国憲法』(日本評論社、昭和30年9月)です。

下段の条文とその英訳を参照ください。

憲法学者宮沢俊義は「集会」について次のとおり記しています。

“「集会」とは、多数の人が共同の目的をもって一定の場所に集まることをいう。「集会」には、屋内のものと、屋外のものとがある。屋外の大衆運動ないしデモ行進の類いも、ここにいう「集会」に含まれる。(P.243)”

また、「集会」は占領軍がつくった憲法原案にもあるとおり、assemblyの翻訳です。
集会とデモを区分していません。
表現の自由を構成する国民・市民の権利です。

日本における不幸な歴史に足をすくわれることなく、正しくデモの意義を理解し、参加していきましょう。

反原発は「政治的」立場を表明しています。
それは紛れもないことです。
ただし、その根拠は普遍的な倫理観に基づいたもので、特定の党派性にとらわれたものではありません。

原発は、
1.核兵器原料としてのプルトニウムを生み出し、核兵器=核武装を技術的に維持・準備します。
・日本のプルトニウム保有量(2010年12月31日現在)は9,936kg(長崎型原子爆弾ープルトニウム型核爆弾ーでつかわれたプルトニウム239は1kg余り)
2.さらに原発によって毒性の強い核種が大量に産み出され、プルトニウムにいたっては2万4千年もの長期の半減期によって、後世代の未来を拘束します。


日本国憲法第21条
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。


article 21.
Freedom of assembly and association as well as speech, press and all other forms of expression are guaranteed.
No censorship shall be maintained, nor shall the secrecy of any means of communication be violated.
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