積極的「愛別離苦」
2012-03-31 Sat 10:45
小田急町田駅南口から 町田中央通りを南東へ向かってくだる。
いつもはホテル ザ・エルシィあたりでUターンするのだが、三塚の三叉路まで歩いた。
町田街道を北にのぼっていけば、ふたたび小田急線と交差する。

金曜日の昼、チャオベッラでランチしてあてどなく歩いた。

友は転職を決めかねていた。
愛別離苦は人生における根源的な別れ。
しかし転職は日常的につづられてきた関係を自らの手で断ち切る行為だ。

動揺し、迷い、仲間との別れを断ち切れない様子であった。
自分の人生にハサミを入れ、今の今までつむいできた関係を切断する。
「愛別離苦」を自らの決断で積極的に押しすすめ、新しい生き方を意思をもって選択する。

懐かしむ感情はそこにはない。
本人は渦中にあって、他人の生き方に気持ちを入れて聞き入ることはできないだろう。
自分のことは話さなかった。

あえていえばそれは積極的「愛別離苦」である。

いくつかのことが思い出される。

・18歳、中高(及び大学)一貫校から他大学への進学、学友への裏切りに似た後ろめたさ
・29歳、文系から理系夜間部で学び直し、回り道という痛み
・32歳、公務員から自営への転身、自分がすべてを決断することへのおびえおそれ

その後積極的「愛別離苦」と言切れるほど懊悩し、自らが生き方を選別し、その選択を押し通した記憶はうすい。

それは若かったからできたのであろうか。

大学院に通い建築の勉強を一からやり直していた、五十二の頃だ。
積極的「愛別離苦」から逃避した。
決断しきれなかった。

悔いが今もさいなむ。
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