一分という点のような瞑想タイム
2012-01-23 Mon 19:31
たった一分間です。
それでも瞑想の時間を持てるのは日に2、3回です。
たった2、3分というわけです。

泡のように消えやすいまだ生みたてのタマゴのような「習慣」です。

これを成長させていきたいと思っています。
一分という点のような瞑想タイムを生活の中に増やしていく。
いつでも瞑想できるようになりたいというのが大目標です。

空いた時間はいくらでもありそうなのにたった1分間が自由にできない。

習慣といえば、いつのころからか自分の朝食は自分でつくるようになりました。
はずかしい話ですが、自分が使った食器の洗いものも自分でするようになりました。
はじめは一週間の全てではなく、とびとびの点でした。

それがいつしか定着して、当たり前のように自分の朝食は自分でつくります。

面倒だと思っていたのですがなれてくると少しも面倒ではなくなります。
むしろ調理も洗いものも楽しい。
こんなにいい時間を持てたのに、長い人生のなか大きな損失だったと今では思っています。

やりたいことはぜいたくしたいと思っています。
瞑想もエクササイズも、お金がかからないので、何の制約もありません。
富裕でなくても、ぜいたくな生活です。
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