老人は働き、この国の生産性に貢献しよう
2012-01-19 Thu 10:58
ダニエル・コーエンによれば、「経済成長は人間社会にとって自然なことではない。18世紀までは、経済的、技術的進歩があっても、それは結局のところ人口の増加に寄与するだけで、1人当りの所得を増やすことはなかった。」
[朝日新聞2012年1月18日インタビューから]

同じことをグレゴリー・クラークが著書『10万年の世界経済史』(日経BP社 2009年4月)のなかで述べている。
「西暦一八〇〇年以前の人口一人あたり所得、すなわち1人の人間が有する、食物、衣料、光熱、住居の獲得力は、社会や時代によってまちまちであったものの、増大する傾向にはなかった。」
彼はそれを「マルサスの罠」とよび、「技術進歩をつうじて実現した短期的な所得の増大が、人口の増大によって必ず相殺された」という。

だが二人の出した結論は、相容れないとはいえないまでも、方向性は明確に異なっている。

後者は下巻第十八章「結論 未知の新世界」のなかでこう述べる。
「人間は生まれつき満足を知ることを知らず、自分の分け前を競争相手のそれといつまでも比較しつづけ、自分が優位に立ったときだけ幸せを感じる生き物なのだ。現状に満足した者は、マルサス的経済の時代に死に絶えてしまったことだろう。」(下巻P.285)

前者は言う。
「人間が成長のない世界に向かうとは考えにくい。しかし、今までとは本質の異なる、理にかなった成長を目指さざるをえない。たとえば知識の成長だったり、医療の成長だったり・・・。いずれにしても物質的ではない成長だ。」

さて、日本はこの二十年GDPがのびず、「マルサス的経済の時代」へ逆戻りした感がある。
“日本が直面しつつある人口問題の本質は「人口オーナス(重荷)」という概念で表せる。人口に占める働く人の割合が低下する現象を指す。(中略)人口オーナスは他の条件を一定とすれば、確実に日本の1人あたり所得を低下させる。働く人だけが所得を生み出せるのだから、勤労者1人あたりの所得(生産量)が同じならば、人口オーナスが進むと日本全体の1人あたり平均所得は低下する。これを防ぐには、女性、高齢者の労働参加率を高め、1人あたりの生産性を引き上げていくことが必要となる。”
[小峰隆夫法政大学教授『人口動態が迫る政策(中)負の影響克服、日本が範を 』(2012/1/18付日本経済新聞)]

同論文の図表を見よう。
先進国のなかで日本が真っ先に突入する「人口オーナス時代」のきびしさが見てとれる。
*従属人口指数=年少人口と高齢人口の合計を生産年齢人口で割った値

1

小峰氏のいうように「女性、高齢者の労働参加率を高め、1人あたりの生産性を引き上げていくことが必要」だ。
だからこそ、コーエン氏のいう「理にかなった成長」が想像力をかき立てる。
「理にかなった成長」は体験も知識も知恵も蓄えている老人こそ適しているからだ。

老人も働く、物質的成長には貢献は少ないかもしれないが、物質的ではない成長をめざして。

さすがにフルタイムで働きたいとは思わないが、
高齢者であっても生産にたずさわり、何らかの形で生産性に貢献できると思っている。
週に二日働く、あるいは午後を4日間仕事に当てれば、それなりにこの国の生産性に寄与できるだろう。

2

もちろんデータはかんばしくない。
“図は、経済協力開発機構(OECD)20カ国の1985~2010年のパネルデータをもとに、OECDが公表している生産性(多要素生産性)と高齢化の関係を検証したもので、横軸に65歳以上人口比率、縦軸に多要素生産性の進歩率をとっている。図中の右肩下がりの直線は両者の関係を推定した結果を示したもので、高齢化の進行が生産性に有意にマイナスの影響を与えていることがわかる。”
[加藤久和明治大学教授 『人口動態が迫る政策(下) 国際化進め生産性向上を 』(2012/1/19付日本経済新聞)]

それぞれが「自分に何ができるか」を考える。

自分の培ってきた知識、技術、スキルで貢献すればいい。

昨年末以来、新規事業の準備を進めている。
長男との共同事業になるだろう。
若者を育てるという意味では、「理にかなった成長」の一つの分野だと捉えられそうだ。

それ以上に建築設計者として貢献できることがありそうなので、わくわくして準備作業にいそしんでいる。
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