「3.11という民話」
2011-12-08 Thu 16:21
講談社現代新書の一冊に、アレクサンドル・ゴルボフスキー著『失われた文明―一万二千年前の世界』(1972年04月、中山一郎訳) があります。

“近年における考古学的発見は、叙事詩または宗教の書物のなかに描かれている事象が、ほんとうの出来事であったことを事実として明らかにしている。このことには何の不思議もない。というのはいわゆる聖典や神話は、それが存在するためには国民の記憶のなかに残っているものを、取り入れざるを得ないので、結果的にはほんとうの事件を反映したものとなっているからである。”(P.12)
“この原則にたって行動したのが、ドイツの考古学者ハインリッヒ・シュリーマンである。”(P.13)


失われた文明―一万二千年前の世界 (講談社現代新書 274)失われた文明―一万二千年前の世界 (講談社現代新書 274)
(1972/04)
アレクサンドル・ゴルボフスキー

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ホメーロスの『イーリアス』を唯一の手がかりに、トロイア遺跡を発見、発掘したシュリーマンの逸話はあまりにも有名です。
これはシュリーマンの生涯を通しての情熱が生んだ奇跡です。
残念なことに、遺跡があればまだしも、わずかな痕跡すら消え物的証拠が消滅するにしたがい、ほとんどの神話や民話そして言い伝えは急迫性を失っていきます。

かえりみられることも減り、やがてその言い伝えが持っていた命も枯れてしまうようです。

神話、叙事詩、物語、民話・・・どういう形であれ、3・11を語り継ぎ、記録し、子孫に残していかなればなりません。

庄司アイさんは「3.11という民話 ー宮城の語り部、被災体験を聞き取って語り継ぐー」を日本経済新聞(10月8日)の文化欄に寄稿しています。

“大きな地震の後、モクモクした黒いものが遠くに見えた。外にいた中学生の孫が駆け込んできて叫ぶ。「津波だ!」。夫と3人で急いで2階に上がった瞬間に波が来た。2階も浸水し、逃れ出たベランダの柵につかまったまま家ごと流された。
家は西に500メートル行って山にぶつかり、600~700メートル北に、さらに引き波で東の海の方に500メートルほど流された。まるで「ノアの箱舟」のようだった。流されながら、これまで語ってきた津波の話を思い出していた。”
“震災から9カ月近くがたった。しかし、目の前で家族を亡くしたり、津波にのまれながら助かったりと悲惨な体験に遭遇した人は、自分の身に起きたことを心の奥に閉じ込めたまま、震災以降の日々を必死で生きている。語り継ぐということを通して、被災した人々に寄り添っていきたい。”
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