母「家に帰りたい。家に帰る」と。
2011-11-28 Mon 10:28
「家に帰りたい」
二時間とたっていなかった。

最近は月に一二度、車椅子の母と散歩道をあるきながら家に連れ帰る。
以前ほど家に帰りたいといわなくなった。
歩いても7、8分とかからない老人介護施設から散歩がてらゆっくり帰宅する。

「家に帰る」
ぼくが黙っていると母はさらに強い口調になった。
ここは母の暮らした仏間、母が「家」とよんだのは施設のことだ。

「施設に帰りたい」というべきを家に帰りたいというようになった。

「家に帰りたい」という母の言葉を訂正はしない。
医師によるテストでも知能はほとんど満点近い。
少しもボケていない。

段差のある玄関。
息子と二人で、車椅子を持ち上げ母を家に運ぶ。
今日は餃子を食べたいというので用意した。

いつ来てもおいしいといってくれる。
それはたぶん施設と違い、味が濃いからだろう。
杏仁豆腐とスライスしたリンゴを食べ、お茶する。

食事が終われば母の一番気がかりなことが待っている。
帰宅して一番気にしているのはトイレのことだ。
左半身がまったく動かないからトイレが一番不自由する。

車椅子が通れる1200巾の廊下。
廊下のサイドから引戸をあければ車椅子から便座に移行できるよう設計してある。
母が脳梗塞で倒れることを予期していた訳ではないが、いずれ車椅子生活というのが頭にあった。

トイレにはサイドだけではなく、洗面所側からのドアも開け放てる。
二人掛かりでなければ母を介護できないから妻とぼくか、ぼくが不在の時は長男が手伝う。
それでも息子や男の孫にトイレ介護をされるのはうれしくないのだ。

家に帰れば仕方がないから母は我慢している。

母はケアさんがいる施設なら息子や孫に対するような気遣いがいらない。

夜、高校の同級会のため川崎に出かけた。
担任は七十七歳に、我々も六十台半ばだ。
来年には遅生まれの連中は先きに前期高齢者の仲間入りする。
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