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映画『マイ・バック・ページ』ー非実務的革命家ー
2011-06-01 Wed 10:54
だいの大人からみれば、若者は未熟にみえる。
しかしそれをあげつらうことは、自分につばすることだ。
未熟であったこと、恥じおおき青春を忘れることはできない。

11.6.1

「精神的に未熟だ」というもの言いがあるが、ぼくには分からない。
いまだって充分に未熟だからだ。

ぼくが自分の青春をさして未熟と指摘できるのは、非実務的であったことだ。
革命家に銃が必要であるなら、その操作を身につけ、銃を手に入れなければならない。
彼らは銃の奪取を計画するが、一発も撃ったことはない。

トレーニングしようかとは考えもしない。
『マイ・バック・ページ』に描かれた活動家を、革命家とはよびたくはない。
精神的に何が欠けているのかぼくには指摘できない。

ぼくに見えるのは実務だ。

昭和46年(1971年)8月21日夜、「赤衛軍」の二名が埼玉県の朝霞駐屯地に武器奪取を目的に侵入した。
自衛官制服を着用し、乗用車は検問所をやり過ごした。
検問の目をくぐり、それに積込める銃弾はせいぜい十丁前後だろう。

パトロール中の一場哲雄陸士長(21歳)を刺殺した。
犯行現場に「赤衛軍」とかかれた赤色ヘルメット、アジビラ、腕時計などをのこした。
十丁前後の銃で何ができるのか。

革命家ともいえない、あきれるぐらい非具体性というか、つまりは実務性を決定的に欠いているのである。

実務的成果はゼロだった。
目的はとげていない。
東都新聞社会部部長白石はいう。

「思想犯だ?やつらはただの人殺しだよ。」



昭和44年(1969年)1月19日、東大安田講堂攻防戦が機動隊に制圧される。
これ以降、学生組織も活動家集団も細分化をくり返し、その分過激化していった。
個人的にも、3月6日を分岐点にすべてが衰退していった。

同日、C大学全中闘(全学中央闘争委員会)による、大学側のロックアウト奪還闘争のなか逮捕。
以降ぼくは傍観した。
それは痛々しい事件の連続であった。

おぞましくもかけ離れていった。
朝霞自衛官殺害もそのなかの一つの事件。

1972年3月 連合赤軍リンチ事件
1972年5月 テルアビブ・ロッド空港事件自動小銃乱射
1974年8月 三菱本社ビル爆破
1977年9月 日ダッカ事件日航機ハイジャック

映画のキャッチコピーはいただけなかった。
「その時代、暴力で世界は変えられると信じていた」

予告編にあるコピーが「正しい」。
「若者が世界を変えられると信じていた時代」

この作品は好きだ。
むりしてない。
山下敦弘監督は自分に等身大の映画にしている。
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