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「津波の土地を捨て高地をめざせ」ー大津波の言い伝えー
2011-03-15 Tue 07:11


ハードはことごとく打ち破られた。
役に立たなかった。
その象徴ともいうべき、高さ10メートル、長さ2.4kmの防波堤で守られた岩手県宮古市田老地区は約1,500棟が全壊した。

ハードの極致である原子炉はきわどい制御不能の境界をさまよっている。

山下文男『津波てんでんこ―近代日本の津波史』は三陸地方に伝わる方言を紹介する。
「その時だけはテンデンバラバラ、親子夫婦といえども、誰をも頼りにせず一目散に逃げなければ命は助からない」
激しい言い伝えだ。

それが命を守った。
ハードではない。
言い伝え、すなわち体験の継承だ。

記憶に残っているのは、インドネシアのシムル島の民間伝承だ。

2004年12月26日、スマトラ沖地震による津波はインドネシア、マレーシア、タイ、ミャンマー、スリランカ、インド、モルディブ、ソマリア、ケニアなどに押し寄せ、死者・行方不明者数約30万人の大惨事をもたらした。

3.14
朝日新聞2005年1月19日朝刊

当時、朝日新聞は次のように伝えた。
“サルール村(インドネシア・シムル島)の村民は、97年前(1907年)の大津波の経験から、
「地震後に海の水が引いたら、山に逃げろ」という島の知恵が引き継がれていた。
今回の地震でも、高さ30mほどの高台に住民が避難することにより、
7万8千人の住民のうち、死者は7人と人的な被害を最小限にとどめることができた。”

スマトラ島西方沖の地震に伴う津波被害現地調査団の団長であった都司嘉宣・東大地震研究所助教授(当時、現東京大学准教授)は、13日のNHKスペシャル「緊急報告 東北関東大震災」のなかで、概略次のように述べた。

キャスター「今後どうすべきでしょう。」
都司「この際、歴史上何度も津波に襲われる土地を捨て、高地に街ごと移ることです。」
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