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終戦の日も列車はダイヤ通りに動いていた
2020-06-04 Thu 12:06
 ブックオフの本棚を眺めていたら、帯に「終戦の日も列車はダイヤ通りに動いていた」と宣伝文句の書かれた本が目に飛び込んだ。

 この事実はけなすこともほめることもできる。
 日本人論でやれば間違いなく、美徳の一つに祭り上げられるだろう。
 僕は中間に立ちたいと思う。

 昭和天皇による敗戦の詔勅(しょうちょく)がラジオで流れても、日常は失わなかった。

 しかし新型コロナ感染症は、航空機をストップし、列車から乗客を奪った。
 飲食業、宿泊業からお客を根こそぎそぎ落とした。
 コロナは日常を奪ったのである。

 言葉が先行する。
「ニュー・ノーマル」である。
 新しい日常の事であるらしい。

 誰が模索しているのか?

 少なくとも僕の日常は、毎日少しずつ変えているという自負も手応えもある。

 コロナがあろうとなかろうと、自分が決め、動く。
 
 七十二歳になる非生産性世代が言うのは口幅ったいのであるが、
 現役であれば、
「自分の仕事は本当に必要か?」とまずは問うだろう。
 
 そう問おう。
 なら、お役所仕事の大部分がいらなくなるだろう。
 同じ目で、自分は大丈夫か、考えてみよう。

 危機は合理化の起点なんだと思う。
 かってなかったような労働力の再編成が待ち受けている。
 コロナ禍は、見過ごされてきた要らない仕事をあぶり出し、この連中は必要としない、この仕事は不要不急だと選別するだろう。

 今日も列車はダイヤ通りに動いている。
 それを管理しているコンピュータシステムを鉄道マンが監視する。
 しかも鉄道マンがいつAIに代わってなんら不思議はない。

 人は消える。

「コロナの日々も列車はダイヤ通りに動いていた」
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