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洪水を受け入れ恵みを受け取る知恵ー土屋信行氏の提言
2019-10-15 Tue 10:13
「いつの頃からだろうか、私たちが洪水と付き合う術を忘れてしまったのは。
 実は日本の洪水は私たちの生活を豊かにし、経済を支えてきたともいえるのだ。
 私たちは基本的に農耕民族であり米に生活の糧を求めた。
 米は洪水域でしか栽培できない作物である。
 洪水は多くの有機物を含んだ土砂を上流から下流へと運び、豊かな実りを約束するものであった。
 先人たちは洪水という脅威をどのように避け、恵みを受け取っていたのだろうか。
 その営みこそが文化であり洪水流域で暮らす私たちの自然に対する礼儀でもあった。」

「関東地方では氾濫原に最初にできた集落では自然堤防の上に家を造ることができたが、
 人口が増えてくると後背低地にも家を建てなければならなくなってきた。
 それが水屋造りである。
 河川の氾濫があっても沈まない高さに盛り土をし、ここに家を建てるのだ。
 大きな氾濫があったときには1カ月程度水が引かないこともあった。
 そのための薪炭や食料となる米や味噌醤油なども保存する蔵を造り、ここに籠城したのだ。
 また十分な高さで盛り土ができない場合、建物の1階部分を高床構造にしたり、
 水が上がってきた場合、床や畳を1段高く上げられるように柱に桁材を通す穴を開けておき、
 氾濫時には仮設の中二階を造る準備をしていた家もあった。
 当然雨戸は取り外し、洪水の抵抗を最大限減らすことも行った。
 要は洪水とは戦ったり抵抗したりするものではなく、その存在を受け入れ柔軟に受け流し、恵みを最大限に受け取るものであったのだ。」
出典=洪水と付き合う術を忘れた日本人〜関東・東北豪雨による鬼怒川決壊〜
 
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