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住民にも見えにくい相模原市の全体像
2019-10-14 Mon 13:04
 12日、台風19号の接近のただ中、相模原市緑区の城山ダムの緊急放流のニュースが流れた。 
 2018年の西日本豪雨では、愛媛県のダムで緊急放流が行われ、下流で河川氾濫が起きている。 
 ダム下流にある相模川沿いには、相模原、厚木、海老名、平塚、 茅ケ崎、座間の各市と寒川、愛川の両町がある。
 
 しかし上流域の雨量がおさまったのか、緊急放流は免れて、次第にニュースの焦点は他の7都県の被害状況に移っていった。
 
 もちろんこれも相模市由来の出来事に違いないのであるが、相模原南部の住人には今ひとつピンと来ないのである。

 その理由にはいくつか説明がいる。
 
 後述する山間部との合併前の相模原市は大きく二つの地域に分かれていた。
 小田急沿線沿いの南区(南部)と、JR横浜線沿いの中央区(北部)である。
 南区は東京のベットタウンとして発展した町、中央区は東京都と隣接し高度に市街化され、山岳はないがやや坂道が多い。
 
 これに合併によって、2006年3月20日に津久井町・相模湖町と、翌2007年3月11日には城山町・藤野町が加わった。 
 これに伴い、2010年4月1日に政令指定都市になり、緑区・中央区・南区の3区制が敷かれた。

 これ以降だ、従前の相模原市民が知らない相模原のイメージが露出するようになったのは。
 
 緑区の中で区全体の面積の9割以上を占める津久井地域は、ほぼ全域を南の丹沢山地や北の秩父山地に連なる山地が占め、両山地の境界をなす相模川と、道志川をはじめとするその支流沿いに河岸段丘が散在するのみの平地の少ない地域である。 
  
 相模原で暮らして五十七年になるが、合併後、都会だと思っている住民に思わぬニュースが飛び込んでくるようになった。
 
 熊が出没するようになった。
「えっ。熊だって」というのが率直な感想。

 17年間にわたって逃亡を続けてきたオウム真理教特別手配犯が逮捕されたのも相模原市緑区城山という田舎にある古家であった。

 2016年7月26日未明、緑区千木良にある知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」に元施設職員の男A(犯行当時26歳)が侵入し、入所者19人を刺殺し、入所者・職員計26人に重軽傷を負わせる戦後最悪の大量殺人事件となった。
  
 合併以来「悪名」ばかりがとどろいたものだと嘆いていたが、はやぶさ2の運用・ 制御を送信している宇宙航空研究開発機構(JAXA)がある。

 2020年末、地球に帰還する予定だから、それまでの辛抱、辛抱。
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