FC2ブログ
 
我ら老人よ、押し込まれてはならない
2019-08-01 Thu 15:50
 セネカの『人生の短さについて』をはじめて読んだのはまだ十代の頃でした。
 キケロ『老境について』も同じ頃だと思います。
 ペンネームの小次郎は親友の名前から拝借したものですが、彼はそうした本をよみあさっているのを、気取りとみていたようで露骨に不評をもらしたのを覚えています。
 
 背伸びしていた?

 僕の中でそれは一つの物差しになって、機能していたと思います。
 
 キケロとセネカいずれも岩波文庫です。
 前者は吉田正通訳と中務哲郎訳、後者は茂木元蔵訳と大西英文訳、ともに読んでいます。

 気がつけばキケロ、セネカの生年をこえています。  
 繰り返し読み返していますが、機能しているようには感じなくなったのです。
 もう少し正確に表現していくと、私を次第に鼓舞しなくなったということができそうです。

 老年というものも一様でなく、青春がそうであったように当たり前のように様々です。 
 見かけも若く見える同輩や元気な老人と、そうでない老人。
 収入や資産や、子供たちや孫たちの存在などなど実質の不平等はもっと著しいものがあります。

 何より肉体の欠落が始まっています。

 七十を超えてきて、楽しみだったはずの読書一つ取っても、一つのメガネでは読み通すことが難しくなっています。
 遠近両用二個と、裸眼を交互に変えて視野や見え具合を調整するのです。
 LEDの部屋灯にLEDスタンドをつけ、万全の態勢もとります。

 最も好きなことが苦痛を伴ってくるのは脅威です。

 老年の緊迫する脅威に手こずる。
 いやむしろ立ち向かっていかないと押し込まれてしまう。
 億劫になりかねないのです。
 
 キケロとセネカ、彼らはその前に亡くなったのでしょう。
 我々古希老人は押し込まれてはいけない。
 身動きできなくなったら、おしまいです。
関連記事
スポンサーサイト



別窓 | 生老病死 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
<<凋落へと突き進む日本国を真正面から見据えて | 三保小次郎日誌 | 年間135万人が交通事故死、これは確率的自動死刑メカニズム>>
この記事のコメント
∧top | under∨
コメントの投稿

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
∧top | under∨
| 三保小次郎日誌 |