ほろ苦き老後の助走は四十代にスタートする
2017-04-25 Tue 09:09
 老後が少しずつ分かりかけてきた。

 3月に左足のふくらはぎが肉離れを起こした。
 なかなか直らなかった。
 完治したものと油断し、さらに悪化した。

 日常生活に支障がなくなるまでには、一ヶ月を要した。
 今までにない体質の変化、わずかだが肉体のおとろえに気づいくようになった。

 決定的な何かである必要はなかった。
 実際、深刻な問題であれば正直向き合うのがたいへんだろう。
 あるかないかつい見逃してしまいそうな、微細な変化である。

 できたこと、できたはずができなくなる。
 そうしたことがしだいに明確な形をとって現れてきた。
 老後を俯瞰するにはまだまだ経験不足だろうが、目のまえに現れてくる現象から学んでいかなければならない。

 それに比較すれば老後のファイナンスは簡単明瞭である。
 この歳ともなれば、そうしたことはほぼ決着済だからだ。
 もう手の打ちようがないのである。

 大まかにくくれば「年金+預貯金+自宅」がすべてで、それ以外の収入源は断たれている。
 一介の自営者には望むべくもないが、企業年金などが付いていればさらに御の字だろう。
 おおかたがこんな所だろう。

 これをフレーム化(構造化)してみれば以下のとおりだ。

[老後収入源]
 ・年金  唯一の収入源
 ・預貯金 老後の取崩資金、毎年赤(取崩分)が計上される
 ・持家  終の住処、手放せば代わりが要るからせいぜい「最終決済資産」「相続資産」

 このフレームは歴史的なものだ。
 筆者の世代である団塊が高度成長期に生み出したライフスタイルである。
 老後が定年後に10、20年と続くことなど想像されていない時代である。

 団塊が生まれた1,950年頃は平均寿命が六十そこそこだった。
 七十を超えたのがそれから十五年後である。
 今日では男女ともに八十を超えてきている。

 二十年伸びた。
 自らが老年に入って気づく。
 長い老後だ、と。

 そしてその機能不全に気がつく、肉体の老化を見透かすように。
 「年金+預貯金+自宅」フレーム水準に達しても、不足を感じる。
 構造から機能に視点を移してみると、その欠陥があらわになる。

 何が足らないか?
 ゆとりだ。
 余裕だ。

 「年金+預貯金+自宅」フレームの限界である。
 このフレームの機能の欠陥は短い老後を予定していることだ。

 それ以前に四五十代に資産形成ができていなければ、この水準にも達しない。
 「年金+預貯金+自宅」に達していても、節約しかやりようがない。
 入りと出を管理するぐらいのことだ。

 裕福には切りがないが、余裕のある生活は明確に目標にできる(できたはずだ)。
 多少とも「年金+預貯金+自宅」以上の収入源を持てれば、老後もゆとりが持てる。
 「年金+預貯金+自宅」フレームに、もう一つ二つ収入源を加えること。

 若い読者は筆者のブログなど読まないだろうが、老後の助走は四十代には事実上スタートしている。
 しかもそれはぼくらの時代の一つの限界を超えていかなければならない。
 長い老後というテーマだ。

 ぼくの手元にはもう残っていないが、若いころの愛読書に岩波文庫で鈴木信太郎訳『マラルメ詩集 (1963年) 』があった。
 そのなかに・・・
 『ほろ苦き無為に倦じて(Las de l'amer repos où ma praresse offense)』

 この一節は、なぜだか諳んじている。

 自然のままの青空の下なる薔薇の叢の
 愛すべき少年時代を 名を求め 徒に過せし
 その名さへ今はわが疎懶の損ふ ほろ苦き
 無為に 倦じて さはれまた わが脳漿の強欲なる
 冷たき土地に 徹夜して新しき墓穴を掘らむと 頑なに
 立てし誓に 更になほ七倍も倦じ果てたる

 2,014年に岩波文庫で渡辺守章訳『マラルメ詩集』が出ている。
 『苦い休息にも 飽きて(Las de l'amer repos où ma praresse offense)』
がそれだ。

 鈴木信太郎訳が脳髄にしみ込んでいるから、受けつけなかった。
 フランス語などまったく分ない。
 韻を踏む文語体がいいというわけでもない。

 ただ習慣のようなものとしか言いようがない。

 マラルメは四十半ばで亡くなっているから、老年の「ほろ苦き無為に倦じて」は知らないだろう。

 マラルメの詩、その深淵を探るのは学者にお任せしよう。

 ぼくはこの無為が嫌なのである。
 おとろえと戦うのに、さて手一杯だ、と、倦じるのはご免なんだ。
 余裕があれば、金で「幸福」が買える。

 買うことができる。

 幸福とは何か、などとリセットする気はない。
 買える「幸福」がたくさんある。
 それがリアルだ。

 老年の無聊としかいいようのない、その程度の退屈から抜け出すにはそれが必要なだけだ。

 若者は我々の失敗から学んでください。

[参考]
「倦む、うむ」
同じことなどを長く続けていやになる。退屈する。また、あきて疲れる。
『精選版 日本国語大辞典』から
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