ハンムラビ法典「目には目」の真実
2017-04-11 Tue 17:08
 自分の知識が誤っていることを正されたり、偏狭であったことに気づかされたとき、快感か苦痛か?

 前向きな気分なら、ポジティブシンキングにさそわれ次から次へ調べようとするものだ。
 後ろ向きな気分のときは面倒な気分が先に立って、次へは進まない。

 いいかげんなバロメーターなんだが、ユヴァル・ハラリ『サピエンス全史 上』にはひさびさエキサイティングな気分にさせられた。

 ユヴァル・ハラリは、ハンムラビ法典の「目には目で、歯には歯で」の箇所を次のように正確に引用する。

・もし上層自由人が別の上層自由人の眼を潰したなら、その者の眼も潰されるものとする。
・もし一般自由人の眼を潰しり、骨を折ったりしたなら、その者は銀60シェルケルを量り、与えるものとする。
・もし上層自由人の奴隷の眼を潰しり骨を折ったりしたら、奴隷の価値の半分(の銀)を量り、与えるものとする。

 ちなみに1シェルケルは銀8.33gだそうである。
 当時の銀の価値がいかほどであったか、調べることができなかったが、今日の相場は銀71.17円/gだから、数万円にしかならない。
 たぶん古代のバビロニア王国においては、そこそこの価値があったのだろうが、今となっては比較はできない。

 「目には目で、歯には歯で」の字面を聞きかじっていたものだから、古代においても平等は貫かれていたなどと、勝手に解釈していた。
 殺人事件とその裁判の判決などの報道を伝え聞くと、ずいぶんバランスが悪いものだと感じ、つい「目には目で、歯には歯で」にも一片の真理はあるなどと考えてしまうものだ。
 気分がそうさせるのだろうが、気分(感情)より知識のほうがたぶん正確なんだと思う。

 正確な知識を得たのだから、不正確な文言の理解で自分の気分を代弁させるのはやめようと思う。
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