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未来年表とハイデガー『存在と時間』
2016-03-18 Fri 11:29
人生には、常にバランスを保つべき、いくつか大きな分野があります。
ひとそれぞれに違うわけですが、愛するもの(家族と友と)、体(健康)、時間、仕事、お金、存在(自分)でしょうか。
すべての分野のバランスを整えないかぎり、遅かれ早かれ、そのもろいアキレス腱がじゃまをすることになります。

今の自分がそうした分野の一つ一つのあり方を変えよう、十年後にはどうしていくか、どうありたいか、どうあるか、を年表にしたものが未来年表です。
くわしいことは下段の既述ブログにリンク(記して)がありますから、参照ください。
そして私が直面している問題は、未来年表が機能しなくなったことです。

現在六十八歳です。
十年後は存在しない。
そう考えるようになる。

それは十五年後かもしれませんが、同じことです。

こうして僕を領導してきた未来年表は色あせ、意味と価値を持たなくなったのです。
未来年表が機能しなくなったこと、その根本的な欠陥があらわになるにつれ、生半可な思索ではこの危機を乗り切れないと考えるようになります。
ハイデガーの言い回しを再現すれば、「それは無であり、どこにもない」ことがあらわなになった(にすぎない)のですが、正面から取り組む以外に術はありませんでした。

若い頃は分かったつもりになって読みとばしていた一字一句をなめるように読込む。
やっているのはそれだけです。
読書の大半を熊野純彦訳『存在と時間』に割き約三ヶ月かかっていますが、現在最終分冊の(四)にようやく到達しました。

同翻訳書を読んできて、いくつかの特徴、利点を感じでいます。

ひとつは、全分冊に翻訳者の梗概と、総目次がのせられていて、全体像を外すことなく、読み進むことができる点です。
第二に、詳細な注釈です。はじめはほとんど読み直しとも思えるように感じていたのですが、注解を通して読返す、読込むことを強いられ、これが初学者のありがちな思い込みや、誤読を防ぎ、理解を導いている点です。
第三に訳注において、七人の日本語訳、フランス語訳、英語訳を比較検討し、ハイデガー独自の用語や言い回しの理解を促している点です。

日本語訳だけでも手に入る範囲で十指を数えそうです。
翻訳で読むしかない僕のような読者にとって、その蓄積にのって読めることは僥倖と言わざるをえません。

時々考えます。
原著書を一番読込んでいるのは、書き手であるハイデガー本人ではなく、たぶんそうした翻訳者であると。

・2010/07/27 日記は人生をコントロールするためのツール
・2010/07/29 ITと日記の親和性   
・2011/08/11 40代と60代の未来年表
・2012/08/22 大テーマ「バランスのとれた生活がある」
・2013/10/28 未来年表
・2014/11/26 自分の未来をとりまく未来情勢はどうかなるか
・2015/12/30 君は選択肢を無くした老人なのか?

Mandala-note/ハイデガー『存在と時間』研究見取り図Ver.2.3
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