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人生の華
2016-02-19 Fri 14:41
1979年に設立した自社の第36期会計年度の決算作業を終えた。
税理士の整序した試算表〈五期比較財務諸表〉に基づき二三の問題を打合せた。
毎年のことではあるが、倒産や廃業に追い込まれることなく存続していることに少なからず感慨はある。

正確にもうせば、倒産や廃業の間際の経験なくして存続ということはなかった。

きわどい話しをもち出せば際限はない。

個人=小会社であるから、これとそれとを区別できるはずもない。
実際会社がつぶれるとなれば、小会社においては、真正なる連帯保証人であるから、ともに沈むのである。
いわばそれとこれとの統一体であるわけで、サラリーマンが会社という母艦の沈没と運命をともにすることなく、舟を代えることなどできない相談であった。

60日間の有給休暇の消化期間にあわただしく立ち上げた会社が、大波小波で沈没しなかったのはひと言でいえば僥倖につきる(今もそれによって食えているのだから)。

そうこう色々あっても、人生決算をしてなお自分は人に使われることはイヤだと思っている。

正直にもうせば、サラリーマンはむかなかった。
連日急かされるような通勤の労苦からは解放され、ほっとする間などないまま、お金のやりくりに追われる。
しかしそのこと自体も今や面白いと実感できる。

一日十七万の返済に追われた日々が数年あったが、それも四十代であったから乗り切れた。
借金がゼロになった時、何か卒業したような気分があって、かえって気力は薄らぎ、淡々とした気分で過ごすようになった。
五十代、六十代そしていまや七十代が間近である。

それでもなお、嵐のような日々を欲している。

それは人生の華だと思う。
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