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合法性をもって、正当性に代用することは不可能である
2015-09-16 Wed 19:52
広聴席から野次が飛んだ。
「誰がいったんだ。立ち上がって言え。」
参院特別委・鴻池祥肇委員長は、メガネをはずし、大声でどう喝した。

一市民のヤジにヤクザがいらだってすごむ・・・。
ヤクザ根性が丸出しになった瞬間だった。
権力者がすごむのは、自らに呵責があるからだ。



ヤクザの親分といった出で立ちに唐突に表出した、彼のいらだちはどこから来ているのか。
すごめばすごむほど、みずからはたそうとする戦後平和国家に対する歴史的裏切りにおびえているよう見える。
彼は歴史的、国民的裏切りの先頭に自らをさらそうとしているのであるから。

ナチスと戦った学者がいた。
彼らはこう言っている。

カール・シュミットは「ヒトラーは合法性をかれの最強の武器として利用した。」事を指摘している。

ヘルマン・ヘラーは「法治国家の合法性をもって、正当性に代用することは不可能である。」と、より実質的な正当性を必要することを説いた。
                                                    
正当性を欠き、急速に大衆の支持、大衆的基盤をうしなった「合法性」政権は、合法的にくつがえそう。

彼らを国会議員から解き放ち、心置きなくヤクザをやらせてやろう。
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