バイ・アンド・ホールドは心中のようなもの
2015-08-04 Tue 16:31
人類最後の日に立ち会うことはたぶんないだろう。
地球消滅はもっともっと先で、その後銀河が消滅し宇宙がどうなろうと僕の時計では測れない。
だが、二度目のバブル崩壊で痛めつけられるはイヤだ。

これだけは確かな事、僕は信念のように深い所で了解している。

前のバブル、1989年の事だ。
僕が扱っていたのは、もっとも流動性のない土地だった。
経験がなかったら、バイ・アンド・ホールドしてずいぶんひどい目にあった。

今度はやられない。
体験がものを言うと思う。
知らないやつは浮かれているがいいさ。

時代は変わった。
経済はグローバル市場化し、個人が、会社が、そして政府が保有する資産は、すべてグローバルマーケットで値付けされる。
自分が不動であっても、かまわず、グローバル市場は動く。

グローバル・バブルだ。

リスクがどこに潜んでいるか、いつそれが顕在化するか、誰も正確に言い当てることはできなくなった。
リスク管理の第一歩が、どのようなリスクがあるかを正確に把握することだとすれば、地球の裏側や、日本海の一角や、その他見も知らない地域に目を光らすことなどできる相談ではない。
それに世界の窓口になっているニュースという、選別された情報が危機やリスクを正確に言い当てたことなどない。

過ぎ去ったことをあれこれいっても言い訳だし、これからもそうだろう。
ぼくらは度の合わない眼鏡をかけて、世界を見ているのようなものだ。
真実のカケラはあるだろうが、それは無力な、役立たずの情報だ。

僕はバイ・アンド・ホールドを推奨する人たちに腹を立てている。
彼らの楽観にあきれ果てている。

バイ・アンド・トレード。
これがすべてだ。
あやしくなったら売りぬける。

バイ・アンド・ホールドは心中のようなものだ。
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