安保法制、置き去りにされた命と金の問題
2015-07-18 Sat 10:55
命と金の問題が置き去りにされた。
国会論議は憲法論とりわけ立憲主義をめぐって進んだが、現実問題には目をつぶったままだった。

棺が日本へ戻ってくる。
米軍の後方支援で海外派遣される自衛隊員の屍が次々と運ばれてくるだろう。
若者の命がさらされる現実を正面から見つめようとしなかった、避けた。

「リスクは増えない」と白を切り通した。

若者の命がかかったゆるがせない問題を、株や為替で起こるリスクと同列に扱い、はかりようのない命をはずかしめて恥じなかった。

国会の議決だ。
責任は明白だ、責任者は安倍と自らの信念に基づき安保法制に賛成した自民党、公明党の現職議員だ。
「リスクは増えない」以後の一切の責任、歴史的責任は彼らが負うのである。

「実行犯」とはならないかもしれない。
その時の政権が責任を追及されるのだろうが、断じて彼らの責任はまぬがれない。

おちょくられている。

「私は新国立競技場計画を白紙に戻す」
そう決断した、リーダーシップを発揮したと胸を張った。
噴飯物だ、いつだって安倍は私が責任者と言いはっていたではないか。

ならこの不始末は誰の責任か。

自分の尻拭いだけの事で「決断」は心底笑わせる。
口に出すのもバカバカしい。
そんな小手先のぎじ針で国民がつり上げられるものか。

自分の尻拭いがおわったら、米軍の尻拭いが待っている。
海外派兵による国家予算は新国立競技場の比ではないだろう。
いや、金の話しはすっぽり抜け落ちていた。

消費税を上げるのか。
社会保障費を削るのか。
どうするのか、何にも決まっていない。

海外派兵による国家予算も新国立競技場問題同様、白紙で考えなければ一千兆円超えを抱える借金国家の致命傷となりかねない。
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