清算できない最後のアナログ・スタイル
2015-07-11 Sat 11:42
旅行に行く、あるいは火事や災害時にもち出すモノが一つだけある。
USBだ。
デジタルを持ち出す。

100%習慣化しないといけないと思っているが、日帰りなどの折りにはつい忘れている。

実務的な意味合いが強い。
これがあれば次の日から再建に取りかかれる。
何もかもとはいい切れないが、ほとんど必要なデータは数十グラムに貯蔵してある。

原本は消失してしてしまっても、データが残っていれば再生ができる。

生活が再建できる。

Excelという便利なツールが一覧化を助けてくれる。
日々変化し、生のままではまとまりのないデータを常日頃からメンテナンスしないといけない。

今でこそすべての作業がデジタル化したが、二十五年かかって手に入れたスタイルだ。
というより二十五年過ぎ、身についたのがデジタル生活だった。
デジタル生活のスタートにあったは、Macintosh SE/30とフロッピーディスク。

世界はアナログ。

デジタルは記号と記号化規則。

すべてを再現できるわけではない。
ワープロ・アプリの進化の過程でアレコレと乗り換えたため、アクセスできなくなったデータ群が存在する。
記号は残っているが、規則が変遷し、致命傷になった。

今ではもっぱらエディターを基本に使っている。
テキストは不変だから。
Excelは息の長いアプリだから、まさか無くなる事はないものと信じ、使いつづけている。

MacにはTime Machineが装備されていて、HDに自動で同期されるが、これとて安心できない。
クラウドに保存すれば?
個人データをセキュリティーフリーに保存する事に疑問をもっている。

で、どうしても最後の最後で、USBの持ち運びと言うアナログ・スタイルだけは清算できないでいる。
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