山本周五郎『季節のない街』
2015-06-17 Wed 14:09
食欲がない時のように、読書欲が減退する時期があるようです。
体調を崩し削がれていた体力が少しずつの回復するにしたがい、気力も出てきたようですが、短編小説であるとか、雑誌や新聞の短めの論文といった、軽めの読書で気長に回復するのを待ちます。

そんな折り、古本屋で手にした『山本周五郎全集』から数冊をえらび、ぽつぽつと読むようになった。
集中力とは違うようです。
没頭してしまう。

まだ日本国中に貸本屋があった頃、もっとも読まれた作家でした。
記憶の中にあるのは昭和三十年代の頃ですが、数十円で借りうけ、また次の本を探すのが楽しみでした。
僕の読書の原点はたぶんその頃つちかわれたのでしょう。

まだ小学生でしたから漫画本が中心で、まして山本周五郎を手にするはずもないのですが、記憶の中につづられた豊かになる前の日本の姿がよみがえってきます。
長じてからも小説は翻訳本ばかり読んでいたものですから、手にしたことはありません。
藤沢周平を読むようになったのも映画がきっかけでしたが、黒澤明監督作品『どですかでん』の印象が残っていて、原作の『季節のない街』を読む。



作者はあとがきで「ここには時限もなく地理的限定もない」と記していますが、彼の生まれた横浜市西区界隈を背景として思い浮かべながら、勝手な読み方を楽しんでいます。

市電が出てきます。
昭和四十五年から十年ほど関内(横浜市)に勤めていましたが、市電は見たことがありませんでした。
昭和四十七年三月に全廃になったそうですが、まったく記憶の中にありません。

作者の雑感「横浜伊勢佐木町」にこんな記述があります。

“「なんて田舎くさい街だ」と思ったものである。
三つの大きな百貨店があり、洒落た喫茶店のビルがあり、東京からも客の来るオデオン座があるのに、ぜんたいの感じは無性格で、やぼったくて、田舎くさかった。(中略)
六大都市のメイン・ストリートの中で、このくらいやぼったい無性格な町もないが、またこんなに人情の淳朴なわる賢こさの少ない町も珍しいだろうと思う。”

上司のI主査に、伊勢佐木ストリートの地下の酒場で、ボトルキープのウィスキーを入れてくれたことを思い出します。
自分のボトルが酒場に置かれていることがうれしく、お酒は好きではなかったのに、酒場に通うのはいまでも好きです。
根岸屋、長靴型のグラスで水割りをつくってくれたクライスラー、ギリシャ船員専用のギリシャバー、中華街の外人バー・・・・。

ほんとに無性格で、田舎くさい町でした。

小説は「極貧者たち」の喜びと怒りをえがいているのですが、なにより貧しかった日本と日本人のありのままの自分をさらけ出したやさしさに安堵するのです。
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