愛川欽也さんのこと
2015-04-18 Sat 10:38
下町江戸っ子の軽みが身についていました。
ラジオ時代からテレビ時代へと駆け抜けましたが、戦中に学童疎開で過ごした少年期が彼の粘りを培っていたように思います。
明るく一本気な気性が表向きのテレビとは違った顔をのぞかせています。

軽みで走り抜き、粘りで耐え、気性でまっとうしたと思います。

小出裕章さんを知ったのも、彼が司会をしていたCS衛星放送の朝日ニュースター『パックイン・ジャーナル』です。
真相ははっきりしないのですが、時の政権に噛み付く硬派な番組でしたから、「朝日ニュースターが2012年4月よりテレビ朝日のニュースチャンネルに変更する」という表向きの経緯のなか消されていったという印象が深くきざまれています。



彼はめげることはありませんでした。
インターネット動画サイトkinkin.tvのコンテンツ「パックインニュース」として再出発しています。
収録スタジオは小規模劇場「キンケロ・シアター」です。

小劇場「キンケロ・シアター」は私財を投じて建設したようですが、2009年6月ですから74歳の頃です。
老いて枯れるのも人でしょう、人生でしょう。
粋に見えたにしても、老人など誰も見てやしません。

タレントであって、そして反戦平和を生き抜いた男をしたりげで、高みから見下ろす言葉ではくくれません。

権力が時代を、民を振り回すのであればそれに抵抗する姿勢をみせる。
若者がものを言わないなら、老人が吠えましょう。
老いたタレントの生き様にただ学びたい。

キンケロ・シアターには一度愛川欽也第6作監督作品 ロードショー 『荷風はこんな男じゃない』 を観に行ってます。

今日から第8作『満州の紅い灯』がキンケロ・シアターで公開されます。
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