通夜の抹茶碗
2015-02-11 Wed 14:24
新書一つもって出かけます。
電車を乗り継ぎ、小田急小田原線、江の島線、田園都市線、東急大井線。

“喪主は号泣をつづけるが、他人はその死者を出した家に行って歌舞飲食の限りをつくす。こうして葬送が終わると、家をあげて水に飛びこんで水浴をして汚れを除く、と記されており、弥生時代後期の列島西部の社会の様子がリアルに描かれている。これが現代の日本の民俗、あるいは韓国の習俗にきわめてよく似ているのは、大変興味深いことと言えよう。”

網野善彦『日本社会の歴史(上)』第二章「首長たちの時代」の一節を読み終える頃には、上野毛(かみのげ)の五島美術館「茶道具取合せ展」へ着きます。
とくに選んだわけではありませでしたが、まんざら今日の展覧と関わりがない読書ではなかったようです。

茶室の起絵図
[出典=東京国立博物館]

茶室の起絵図(おこしえず)、点前道具一式を収納して持ち運びするための茶箱(ちゃばこ)など興味深いものがありましたが、なにより粉引酢次茶碗・銘「呉竹」に引きつけられた。

粉引酢次茶碗・銘「呉竹」
[出典=五島美術館]

粉引茶碗(こひきちゃわん) は高麗茶碗の一種で、李朝時代、朝鮮の庶民は白磁の使用が禁じられたため、日用雑器として使っていた、たとえば飯茶碗のようなものです。
「呉竹」も、本来の用途は「酢を継ぐ容器」だそうです。
茶人たちに見い出されて、抹茶碗に見立てられた。

手にとることはできません。
展示されるだけで、使うことはありません。
それがこうした展示物の宿命です。

永遠に手に入らない骨董を夢見ようとは思いません。
いいものを観た上で、自分の買える範囲のものを手に入れ、使い込んでいく。
抹茶碗を通夜の盃につかってもらったら、本望でしょう。


日本社会の歴史〈上〉 (岩波新書)日本社会の歴史〈上〉 (岩波新書)
(1997/04/21)
網野 善彦

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