スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | ∧top | under∨
人生を真に楽しむために何をすればよいか
2015-01-12 Mon 10:20
お金がない頃がありました。
貧乏とは違うのです。
食べるものにも事欠いた体験はないのですから、生理的な実感はありません。

贅沢はできない、余裕のない生活のことです。

お金はないが、暇だけはたっぷりありました。
サラリーマンでいえば失業のような状態でしょうか。
自営業ですから俗にいう「おかにあがったかっぱ」です。

やることもありませんし、家にクズグズしていると辛気くさくなるばかりです。

精神的にもまいって、毎日そこら中を歩きまわりました。
ひたすら歩きました。
数ヶ月、数年歩いたでしょう。

何の目的もなく、ただ歩く、手ぶら歩きの名人です。

ある日(たぶんじょじょに感じていたのでしょうが)お腹は減りますがお金のかからない、すぐれた娯楽と気付き、苦楽が逆転いたしました。
歩きが身につきました。
そうなるとどこへ行っても、自動車よりはバス、バスよりは自転車、自転車よりは歩行です。

そのころ暇にあかして読んだ本の中に、貝原益軒の『楽訓』がありました。

「内の楽を本とし、耳目を以て外の楽を得る媒として、其の欲になやまされず、天地万物の景気のうるはしきを感ずれば、其の楽かぎりなし。此楽朝夕つねに目のまえにみちみちてあまりあり。これをたのしめる人は、すなわち山水月花の主となりて、人にこひ求むるに及ばず。たからもてかふにあらざれば一銭をつひやさず、心にまかせてほしいままにとりて用いれどもつきず。つねにわが物としてりやうすれども人いさはず。いかんとなれば、山水月花の佳観はもとより定れる主なければ也。」

都会に住んでいますから、自然界の事物に触発されるよりか、街歩きに魅了されています。

「山水月花」が「スカイツリーの見える街」とか、「路地裏の迷路にさまよう」とか・・・。

彼が生きた江戸元禄の時代は非成長社会ですが、なにより戦国乱世が平定され、平和と安定を享受した時代です。
彼が生きたのは太平の世です。
戦後意識というか、太平の世のありがた味が希薄なっていますが、「楽」はこうした歴史的条件を欠いては成立しません。

貝原益軒の『楽訓』において、あえて「楽」を定義するなら、次の一節が適当かと思います。

「およそ人の心に、天地よりうけ得たる太和の元気あり。是人のいける理なり。草木の発生してやまざるが如く、つねにわが心の内に、天機のいきてやはらぎ、よろこべるいきほひのやまざるものあり。是を名づけて楽と云。是人の心の生理なれば、即是仁の理なり。」

普遍をふりかざして「楽」を論議する気はありませんが、ブログのテーマをくりかえし自分のものとするために、定義を読返すことはしております。

「人生を真に楽しむために何をすればよいか考え実践する記録」
関連記事
スポンサーサイト
別窓 | 生老病死 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
<<天空からの招待状 | 三保小次郎日誌 | 傘寿>>
この記事のコメント
∧top | under∨
コメントの投稿

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
∧top | under∨
| 三保小次郎日誌 |
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。