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世界は多重にあって
2014-10-21 Tue 06:57
好き嫌いは交わらない平行線のようなものだと。

しょせん自分はかたよっているとすねず、美術、工芸品はできるだけ好みをいわずなんでも観るようにしています。

味覚はしみついたものですから、とりわけ難しい。
それでなんでも食べるようにしていると、すこしは偏りも取れてくるように思います。
生理的なものであるほど、好き嫌いはいじるしく感じますが、食世間をせばめることなく、さそわれれば追従するようにしています。

若い頃は日本酒が苦手で、どこがおいしいものかとさけてきました。
自分の好きな作家がしきりとあれこれ日本酒を取りざたするので、一時自分の好みを捨て飲みつづけていました。
そのうち日本酒党に変わっていた。

池花

いまはワインでしょうか。
すすめられるまま飲みつづけています。
それを知らないのは損だと多少感じていますが、何しろお高いのは切りがなく、日本酒のようにはいかない。

ちかくでよく顔を出す料理屋は素材料理もなかなかですが、創作料理が気にいってます。

友人は刺身が気に入り、こちらは創作料理に目がありません。
どちらか一方でしたら一人は満足し、一人は不満でしょう。
両方が備わった店なので、バランスがとれているわけです。

なにも刺身が気に入らないのではなく、むしろなかなかです。

けれど前者を料理だとは思っていないのも正直な気持ちです。

友人は正反対のことを考えているでしょう。

そうしたものです。

だから面白いと。

もいだばかりの枝豆を茹でたおいしさは格別です。
ネタ(素材)そのものがおいしい。
それができるのは自分で育てているからで、特権なわけでしょう。

都会ではそうはいきません。

好みはネタを売り物にした寿司や刺身よりは、むしろ煮魚、焼き魚です。

二度と食べるものかと思っていた、つるむらさきが先だって萬岳楼で出てきた。
料理長が素材を生かしてやろうと挑戦したのでしょう。
いつもの蟹和えではありませんでしたが、みごとなものでした。

よく花が送られてくるものですから、一年をとおし絶えたことがありません。
家中各所に置いてあるのですが、息子たちは何の関心も払っていません。
観ようとしないし、たぶん記憶にもないでしょう。

そんなものです。

観ようとしないものは見えません。

世界は多重にあって、それぞれが違ったものを観ている。
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