『歌行燈』
2014-09-02 Tue 10:31
半世紀も前の映画です。
衣笠貞之助監督作品『歌行燈(1960年・昭和35年)』を観ました。
主演は往年の大スター市川雷蔵、山本富士子。

雷蔵は早逝しましたが、山本富士子さんはODAKYUの小冊子『コモ・レ・バ?』の四月号で川本三郎氏との対談でお元気な姿を拝見いたしました。

昭和6年(1931年)生まれです。

原作はさらに半世紀さかのぼります。
泉鏡花が明治43年(1910年)に発表した小説です。
青空文庫に入ってますから読むことができます。

“「(源三郎)……我子わがこは有あらん、父大臣もおわすらむ……」
 と声が幽かすんで、源三郎の地じ謡う節が、フト途絶えようとした時であった。
 この湊屋の門口で、爽さわやかに調子を合わした。……その声、白き虹にじのごとく、衝つと来て、お三重の姿に射さした。
「(喜多八)……さるにてもこのままに別れ果はてなんかなしさよと、涙ぐみて立ちしが……」
「やあ、大事な処、倒れるな。」
 と源三郎すっと座を立ち、よろめく三重の背せなを支えた、老おいの腕かいなに女浪めなみの袖、この後見の大磐石に、みるの緑の黒髪かけて、颯さっと翳かざすや舞扇は、銀地に、その、雲も恋人の影も立添う、光を放って、灯ともしびを白しらめて舞うのである。” 

音読しながら、名調子を楽しむのでしょうが、受けつけません。

喜多八(市川雷蔵)は、お袖(山本富士子)との約束の朝現われません。
悲観したお袖は覚悟の殺鼠剤を帯にはさみ、お座敷に出向きます。
能に関係ある客と聞いたお袖は、その座敷に出ます。

お客は喜多八の父恩地源三郎と小鼓の師匠辺見雪叟の二人でした。

喜多八の父と知らないまま、お袖は「玉の段」を舞います。

映画は日本画の中に、二人の恋の物語をながしこみ、美文調の名調子を映画にうつしかえたかのようです。

やはり半世紀も前高校生の頃のことです。
友人から彼は本好きだと聞かされていたのでしょう、高齢のおかあさんから「あなたは鏡花は読みませんの」
そう問われたことが思い出されます。

その言葉が記憶に強く残っていて、一度はと思いながら体が受けつけません。

日本映画専用チャンネルで録画し、いにしえを楽しんでいます。

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