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The Rings、光の極みにて
2014-07-24 Thu 15:18
国立西洋美術館へ約870点の宝飾品を寄贈した橋本貫志(かんし)さんは語っている。

“私は終戦を常州(中華人民共和国江蘇省)で迎えた。当時、学徒動員で東京美術学校(現東京芸術大)の仲間と無数のホタルの光に照らされ、混乱と喧噪(けんそう)の中で敗戦を知らされた。今も私の原点には常州の夜を彩るホタルの光の思い出が漂っている。敗戦後、私はその思いを胸に、実業の傍ら美術品を鑑賞し、やがて蒐集(しゅうしゅう)し始めた。”

ホタルの光はやがて、Ringsへと結晶する。

“『ホンモノ』を追い求めるうちに、私は指輪の魅力にほだされた。世間の人が見向きもしないようなガラクタの中にも、まれにはそれがあった。信じるのは自分の眼だけ。私は自分の眼を養った。”

夏目漱石『三四郎』に、“Pity's akin to love.”を「かあいそうだとはほれたということよ」と訳した与次郎が広田先生から「いかん、いかん、下劣の極だ」とくさされる場面がある。
できはともかく、みょうに日本人の心情に染まっているところがあって、ぼくなどはいい訳だと思ってしまう。
むしろ惚れたとか、ほだされたとか、日本語を英訳する方が難しそうだ。

橋本さんの「指輪の魅力にほだされた。」という言い表しが、敗戦の日飛び交ったホタルの光と重なって、神妙な気持ちになるのである。

新宿しょんべん横町、やぶ天食堂のさんま定食で腹を満たし、友人と上野の国立西洋美術館へついた時は十二時をまわっていた。
食事の時間はさすがに人も少ない。
二時間ばかりの後半はこんできたが、350点を堪能した。

三百余ページのカタログ『The Rings』は指輪小事典だ。
反射しないブリリアント・カット・ダイヤモンドの指輪写真をながめる。
光を放たぬ外形がそこにある。

『ホンモノ』を見たことなどなかった。

宝石屋の店頭に飾られたダイヤは貧相でぼくを引きつけた事はなかった。

うつろっているのは自分の方で、ブリリアントの反射は揺れる体がつくり出す角度を射るように、するどい光の矢を返してくる、The Rings。
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