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源流はどこに
2019-09-30 Mon 09:51
 生まれてから以降の事は、記憶もあり、実感も伴っています。
 それは最も確実な歴史認識ではあります。
 今にこだわっているのですから、厳密な意味でコンサバであります。
 
 自分が生まれる前の歴史に関心が向くのはどういう時でしょうか。
 歴史というものが気になってくる。
 教科書で覚え、習った歴史(感覚)とは少し違っています。
 
 歴史というものが気になって、歴史を知ろうとする動機ですね。
 
 日本語と言いながら、日々使っている「漢字」とは何か、などと考え始めると、歴史探索が起動します。
 どうやって「漢字」が日本にたどり着いたか。
 定着したのはなぜかと、キリなく疑問が湧いてきます。
 
 どこまでも遡っていくと、歴史というものに触れたくなります。

 史実といったものに触れていくと、現に今存在しているものがどこからどう伝わってきたか。
 歴史と言いながら「漢字」は現に生きて使われているのですから、過去と現在がつながっている。
 通底している。
 
 嫌韓とか嫌中の人たちは今の今をあげつらっているのですが、目先のことに興奮しているのは滑稽に見えます。
 
 今の今を作っているのが何か、これが歴史認識だと思います。
 
 雲南省を旅した時のことです。
 段々畑、藍染、疎水・・・ああ日本の源流がここにはあるなーと実感したものです。
 錯覚?
 
 かもしれませんが、一層歴史を学ぼと鼓舞された事は確かです。 
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