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初めてのギャンブルが「投資の常識」を作った
2019-06-25 Tue 04:41
 はじめてのギャンブルは競馬だった。
 
 1966年(昭和41年)、チーフがダービーの馬券を買いたいが、半分乗ってくれという。
 十八だった。
 大学には一日も通わず、バーテンダーの真似事をして働いていた。
 
 センター街で働いていたから、渋谷の場外馬券場まで十分とかからない。
 当時は「特券」と言って、千円単位の馬券だけが売られていた。
 ダービーの出走馬が28頭、枠連しかない時代だった。
 
 で、チーフが買いたいのは五、六点であるが、買いきれない。
 
 相乗りしたのはわずか3千円だったと思う。
  
 馬の名前も覚えていないから、調べてみた。
 テイトオー、ソロモン。
 枠連 3-7で、5,160円。
 
 記憶では万馬券のはずだったから、違ったと知って少しがっかりした。
 
 しかし、念を入れ調べて見ると昭和41年の高卒の初任給は、男子17,550円、女子16,630円。
 
 配当の表示は100円に対してだから、5,160円×5で、25800円フトコロに入った訳だ。
 一月分以上の給料を稼いだ。
 それで「万馬券の記憶」に変わったのかもしれない。
 
 初めてのギャンブルの印象がこれだけだったら、ずいぶんそれに振り回された人生だった事だろう。
 チーフがお前は運がいいから、来週競馬場に付き合えという。
 渋谷の店で待ち合わせた。
 
 来ない。
 チーフは遅れてはいけないと、(多分早い時間のレースに狙いがあったのだろうが)急いだあまり駅の階段を踏み外し、足を骨折した。
 それでギャンブルに対する僕の認識にはバイアスがかかっていない。
 
 禍福あざなえる縄のごとし。
 
 ギャンブルに対する常識が無事定着した。
 日経225、FX、個別株、ETF・・・なんでも手を出したが、この常識だけは変わらない。
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