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十五日のこと
2014-08-15 Fri 08:31
早朝、お墓参りした。
昼前に菩提寺から長身の僧侶がきた。
盂蘭盆会の設えをした仏壇に端坐し、蒸した空気を鎮めるように父と祖霊を供養するお経が読誦される。

父の思い出は人から聞き及んだ事がほとんどだ。

五十年一緒に暮らしながら、何ごとかまとまった話をした覚えがない。

高校二年に進級する時だった。
理工系と文科系のクラス分けがあった。
友だちが文系にすすむというから、ぼくもそれに従った。

後日、父が学校へ相談に行ったという事を母から聞いた。

だが、父からその事を直接問われた記憶はない。

橋やダムを設計する土木技師にしたかったらしい。
工兵の体験からだろうか、橋を造りたかったと聞いた覚えがある。
ベトナムのサイゴンで終戦をむかえ、劇場建設の監督やらされたらしい。

数名のグルカ兵が自動小銃を構え小兵の父の後ろから監視する姿がなぜか記憶にある。

見たことはない若い父の姿がそこだけくっきり浮かび上がる。

父を亡くし十五年が過ぎようとしている。

晩年の父の記憶をたどりながら、自分も息子たちに何ごとか話してやれない父であることに気づく。

父のなかに埋め込まれてある終戦の墓標には、死んでいった戦友たちが確かにきざまれてあったろう。
ぼくらの終戦は、反戦平和という理念に集約されてあった。
それは観念的な墓標であった。

語りだせば行き違ってしまう。

交点のない墓標だった。

父の老後を看取ったが、その道をぼくもたどろうとしている。
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