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自営人、自由人そして勤め人の時間感覚
2011-08-18 Thu 08:23
自営人、自由人と勤め人とではずいぶん時間感覚はちがうようだ。

商売をしている自営人は、売れなければ時間をのばしてでも、売上をのばそうとする。
まあ、このごろの商店街はさっぱりだから、暗くなればシャッターだが。
ぼくのような設計屋は、仕事がなけば、文字どおり自由人だ。

仕事からも時間からもフリーという不安定を抱えている。

安定した勤め人の時間はほとんどがいっしょだ。
組織で動いているのだから、別々では仕事にならない。
組織どうしの連携だから、かみ合わないといけない。

つまり、勤め人の時間は重なり合っているわけだ。

電力のピーク一つとっても、人の働いている時間帯に山が来ている。
集団主義は時間にも電力にも、その他にもかたよりを与えている。
日本の高度成長を支えたシステムだ。


灌漑稲作の農民気質といっしょで、いっせいに仕事をするメンタリティは工業化のなかで活かされた。

「和をもって尊しとする」集団主義は、いっそう強化された。

それを変だともおかしいとも疑問をもたなかった。
原発事故はそうしたシステムに対する警鐘だと思う。
集団主義が行き詰まった。

集団主義は強みをうんだが、それが歪みとともに限界を見せ始めた。

関内まで通った勤め人の頃は、日に往復3時間をなんとも感じなかった。
職住一体の設計家業で、この3時間が浮いた。
もう駅まで職場まで走ることも追い立てられることもなくのびのびした。

行楽地へ行くにも、演劇、映画を観るにも、混雑にあうことはない。
時間を選択できるからだ。
自営人、自由人というのも何事か体現しているのである。

不安定な家業だ。
それをおそれていたら集団主義で固まるしかない。
サービス(法務、娯楽、レジャー、マーケティング、芸術、教育、医療、観光など)のなか身を自ら充実していけば、多様な自営人、自由人が現れてくると期待したい。
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