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現代に生きる神田の建築物ーまちあるきー
2011-07-18 Mon 10:24
日曜の午後、五時間におよんだ「神田まちあるき」に参加した。

神田明神 → 明神下(講武芸者の居た花街)→淡路町 → 秋葉原 → 柳原河岸 → 神田須田町(万世橋) → 省線レンガ高架・リベットガード →高架下8軒飲屋 → 元河川であった今川小路 → 多町

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会を主宰するK先生は、29歳のとき建築設計を教えていただいた恩師である。
といっても一つ年下。

まちは生き物だ。
変貌する町をつかむために、時間軸のなかを探る。
K先生が毎回つくる資料には、幾重にも堆積したまちの歴史の跡を示す、古地図が添付されてある。

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明暦3年(1657年)大火被害図
天保時代(1830年~1843年)神田東部の図
嘉永3年(1850年)日本橋北・神田・浜町絵図
明治40年(1907年)東京市神田区全図
大正2年(1913年)大東京区分地図
大正13年(1924年)神田青果物市場配置図
昭和4年(1929年)帝都復興図
昭和20年神田周辺戦災地図
昭和25年(1950年)火災保険図
昭和27年(1952年)神田老舗地図
現在の住宅地図

ジーパンが汗でぐっしょりと重たい。
燕湯(銭湯)につかり、神田のガード下の“馬力”で打ち上げをする。
資料は今日おさらいした神田を一人探訪するときの羅針盤になるだろう。


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