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一瞬を伝える、かけがえのない肉体ー『蛇にピアス』の世界ー
2010-09-22 Wed 06:40


「スプリットタンって知ってる?」
「何? それ。分かれた舌って事?」
「そうそう。蛇とかトカゲみたいな舌。人間も、ああいう舌になれるんだよ」
 男はおもむろにくわえていたタバコを手に取り、べろっと舌を出した。彼の舌は本当に蛇の舌のように、先が二つに割れていた。私がその舌に見とれていると、彼は右の舌だけ器用に持ち上げて、二股の舌の間にタバコをはさんだ。
「……すごい」
 これが私とスプリットタンとの出会い。

(以上原作からの引用部分)

原作(金原ひとみ)の透明感がじかに持込まれていた。

金原の単文を重ねていく、文体が好きだ。
ごちゃごちゃしていない。
単文は意識が混だくしない。

修飾がない。
ウソが入らない。
ビュアに一番接近する。

小説がそうであったように、映画もまた導入はこれ以外になかった。

休日だ。
隠居は毎日が休日だ。
それでも公が休日の日はなぜか気分がのんびりする。

気分だけが忘れた記憶のように残っている。

『蛇にピアス』(監督 蜷川幸雄)を観た。HDに録画していた。
男がカッコよかった。
女優はたいしたことなかった。

ARATAは『ピンポン』からずっと注目していた。

顔面ピアスに全身タトゥーで、
バイセクシャルで、
首絞めプレイの変態野郎を演じた。

整然とした空間のなかで、手術用手袋をはめて、舌に穴をあける。
タトゥーのデザイン画、素彫り、色いれ。
整理整頓が身についている変態アーティスト。

藤原竜也はチンピラしてたが、小栗旬はまったく端役に埋もれていた。
てことは、旬君の方がとけ込んでいたってことかな。
僕は二人とも好きだ。

高良健吾、あまり語りたくない。
ぼうず刈り(ドラマ『(白洲次郎』)も赤毛のモヒカンもこなしていた?とだけ記す。
大好きだからだ。

最近、「大好き。」って、大好きになった。
男に捨てられた女が、といっても捨てられたという事実はさまざまで想像しようもない。
とにかく捨てられた。

「飽きた。」でも、
「嫌いになった。」でも、
「好きな人ができた。」でも同じことだ。

違うかもしれないが、事実は一緒だ。

その女が捨てた男のことを「大好き。」って口にした。

それでも好きということか、
大好きだった瞬間をさすのか、
大好きだった自分のかけがえのない感情を大事にしたいのか、
分からない。

分からなかったが、なぜか「大好き。」って言葉が大好きになった。

同時に、その先に言葉がないことも伝わった。
その言葉(感情)の先に何もない。
完結しているのである。

医療用ステンレスのピアスが映し出される。
14G、12G、10Gと舌にあけたピアスの穴を拡張していく。
痛みのなかの自分。

こんなフレーズが踊った。
「痛みにしか生きる証を見つけられない青春」
そこに若者たちのストーリー、新しいのあり方が込められていそうだが、虚妄だ。

痛みは、時に感情をもっとも鮮明に伝える。

それだけのことだ。
痛みのなかに、自分の感情がさらけ出される。
痛みでしか記憶できない深い感情があるということ。

だって痛みがあるかぎり、大好きは失わない。

高良健吾には言葉では伝わらないことを伝える、彼の肉体をじかに感じた。
役者はセリフに飲み込まれたらおしまいだ。
肉体はウソをつかない。

その瞬間を表現する。

感情感覚痛み好き・・・一瞬を伝える、かけがえのない肉体を失わないでほしい。
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