スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | ∧top | under∨
小沢が憲法第七十五条を根拠に築いたのは何か
2010-09-04 Sat 09:51
小沢がスタートラインに立った。
ようやくスタートラインにつけたというべきだろう。
独占的メディアは、小沢を立候補の資格なしとして民主党代表選からの排除に奔走したが、失敗した。

独占的メディアとは、具体的には新聞社系列のマスメディア独占体のことである。マスメディアを支配し、この国の言論をコントロールしてきた。
・毎日新聞社  TBSホールディングス 
・産經新聞   フジ・メディア・ホールディングス 
・読売新聞   日本テレビ 
・朝日新聞   テレビ朝日 
・日本経済新聞 テレビ東京

小沢氏の立候補問題における最大弱点は、憲法第七十五条「国務大臣の訴追への内閣総理大臣の同意」にあった。

小沢は明言した。
自らに刑事訴追があればそれに同意すると一点の曇りもなく答えている。
それを妨げる内閣総理大臣の不同意はしない、と。

[国務大臣の訴追への内閣総理大臣の同意]
憲法第七十五条 国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。但し、これがため、訴追の権利は、害されない。

分かりにくい仕組みではある。小沢一郎が内閣総理大臣なったとき、本人が本人への提訴を同意するというのであるから。

一言でいえば、刑事訴追を受けない特典を放棄したのである。
今日の朝日新聞一面は、小沢氏の明言に対し、「小沢氏 闘争宣言」の見出しを付けている。
「訴追なら堂々受ける」を闘争宣言だと書き立てる。

おかしな見出しだ、と感じる。

むしろ、自分の行為が合法的であることを確信しているからいいうることだ。

しかも、これによって小沢は憲法第七十五条を根拠に、堅固な橋頭堡(きょうとうほ)を築いたということができるのである。

訴追とは、検察官が公訴を提起することだ。(検察官起訴独占主義の原則)「訴追逃れの立候補だ」と下衆の勘ぐりに訴えたが、こうした下品で卑しいキャンペーンはこの一言でひっくり返された。いよいよ独占的メディアは、小沢一郎の徹底的な揚げ足取りにかじを切る以外に術がなくなってきた。

「不見識だ」驚く法曹界
同様に見出しだけ見ると、いかにも小沢の発言が突出して「不見識」なんだろうと納得してしまう、そう感じてしまうから、恐ろしい。
見出し一つで世論を誘導するのである

小沢が正面切って明言したことをまともに取りあげようとしない。
小沢は悪だ。小沢がやることはすべて裏がある。
週刊誌も恥ずかしくなるような勧善懲悪のシナリオをくり返す。

「不見識だ」となじる前に、独占的メディアにかしずくエセジャーナリストは自らの浅ましさに気付くべきだろう。

小沢に正面突破された独占的メディアは、なりふり構わない小沢攻撃が行き詰まりいよいよ揚げ足取りに転じた。
これが独占的メディアの悲しい現状である。
まともなジャーナリストが独占的メディアのなかにも存在するのだろうが、恥ずかしくないのだろうか。

[追記]
あえて合法という言葉を使った。
法治国家において、「潔白」という幅広い言葉使うことはかえって混乱するからだ。
現に混乱し、法治主義にはなじまない。

小沢氏にも「私は潔白だ」という誤った観念は使ってほしくない。
たしかに合法という狭い範囲の正義では我慢ならないだろう。
これは日本人の感性だから仕方がないのだが、合法という狭い範囲に限定し、進めていくべき事柄だと思う。

小沢氏にしても国民にしても、政治の世界において「潔白」を追求するあまり、みずから政治を停滞させ、ゆがめてしまう結果をまねいてはいまいか。
合法という狭い範囲の正義は、「潔白」という道徳あるいは宗教的な広い意味の正義とは異なるのである。
合法性という狭義の正義に、国民もまた熟(な)れていかなければならないのである。


朝日
関連記事
スポンサーサイト
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
| 三保小次郎日誌 |
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。