堀江貴文『多動力 Kindle版』、空想から多動力へ
2017-06-05 Mon 17:19
 堀江君は多動力を定義していないから、読者は彼の書いていることから、想像をめぐらすことになる。
 あわせて、ライブドア時代、出所後の活動から彼のいっていることに空想をめぐらす。
 たぶん「いくつもの異なることを同時にこなす力」という輪郭はつかめても、その具体的な力の根拠、方法論等々はそうしたことを寄せ集めて推察するしかない。

 1.インターネットがすべての産業を横串で刺し、あらゆる仕事の基幹システムとなった。
 2.すべての産業が「水平分業型モデル」となり、結果“タテの壁”が溶けていく。
 3.あらゆる産業のタテの壁が溶けていく、かってない時代に求められるのは、各業界を軽やかに越えていく「越境者」だ。

 実際彼は越境者だった。

 異なった分野の企業と企業を“横串で刺し”、IT企業のビジネスモデルを生み出した。

 それを生き方にまで発展させれば、多動力ということになるだろう。

 具体的には、「人生でやることのリスト」から、掃除とか服選びとかは全部捨てて、アウトソーシングを完了するだとか、
「付き合わない人」なども明確にすることなどだ。
 一日二十四時間を楽しみきるために「人生でやることのリスト」からも「やらないこと」を明確に外す。

 箱根から帰りのロマンカーで、ダウンロードした『多動力 Kindle版』を数十分で読んだ。
 スカスカの本は書き込むこともないし、読返すこともないからKindle版に限る。

 僕にとっても多くの読者にとっても、多動力は空想の中でしか機能しないだろう。
 彼にとって機能しないのではない。
 彼はそう機能し、そう生き方を選んでいるということだ。
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水野和夫『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』をエネルギー収支比から読み解く
2017-05-31 Wed 12:24
 『100年デフレ』以来、水野和夫氏の著書はすかさず読んでいます。
 それで論理のクセであるとか、理論的な理解とかもあって、何を言おうとするのか先が読めます。
 ですが、はじめて接した読者は資本主義史、歴史観、利潤=長期金利の関係など難解に感じることでしょう。

 そこで、最近著の『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』の読書ガイダンスを、自分の理解を深めるためにも書いておきたいと思います。

 最終の第六章「日本の決断ー近代システムとゆっくり手を切るために」から読むのも良いと思います。
 
 キーワードは「ラビット・リミット」です。
 エネルギー収支比のことですが、“Rabbit limit”でイメージしたほうが分かりやすい。

「ウサギを捕まえるためのエネルギーが捕まえたウサギのエネルギーより大きいならば、 いくらウサギがいたとしても、インディアンは生きていけない。」

 こういうことです。
 大戦後先進国は、自噴する石油を安価(1バーレル=2$前後、現在50$前後)で手に入れ、こうした化石燃料エネルギーによって経済成長をとげます。
 これだと、一単位のエネルギーを投入して、一〇〇単位のエネルギーが得られます。
 エネルギー収支比は一〇〇ですね。

 ところが1973年(第1次)に起こったオイル・ショックで、先進国には安価な石油が手に入らなくなります。

 これにかかわる歴史は省略しますが、これ以降Rabbitをつかまえるのに手間ひまを掛けなければならなくなります。
 今日さわがれているシェール・オイルは一単位のエネルギーを投入して、二単位のエネルギーしか手に入りません。
 化石燃料に依存した経済社会が限界に近づいているのです。

 エネルギー収支比は二ですね。
 エネルギーの一は掘削するために使い果たしてしまいます。
 残る一が正味手に入るエネルギーです。

 2010年に発生したメキシコ湾原油流出事故でそうした現状がいっそう明瞭に見えてきます。
 BP社の石油掘削施設「ディープウォーター・ホライズン」は、メキシコ湾沖合80km、掘削地点水深1,522mの海上に設置されていました。
 大水深の海底をリグ(掘削機)で掘削し、石油を吸い上げるのですが、そのための掘削パイプは5,500mだったと言われています。

 大変なコストをかけないと、Rabbitをつかまえることはできないのです。

 第六章を理解したうえで、第1章にもどりましょう。
 『「国民国家」では乗り越えられない「歴史の危機」』です。
 ここでのキーワードは、「交易条件」です。

 「交易条件」は、輸出物価を輸入物価で割った指数ですから、分母の輸入物価がふくらんで負担が多くなれば、数字は小さくなりますし、それは「交易条件」悪化の一途を示しています。
 実際今日、石油価格は多少値下がりしたとはいえ、それでも石油ショック以前の25倍です。
 先進国の経済成長は鈍りはじめ、今日ではほとんどゼロ成長に近づいています。

 先進国は成長できなくなった。
 経済が定常状態に陥ります。
 彼は、日本が先頭を切った「ゼロ金利」「ゼロ成長」に先進諸国が次々と陥っていく現象を総括して、「新しい中世」と読んでいます。

 エネルギーの限界からまずは見通しを立ててから、彼の歴史観に接近するのが分かりやすい道かも知れません。
 が、これはあくまでも私感です。
 なにより一読者として、水野和夫氏の著書を多くの人に読んでほしいと思っています。
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文学座「 青べか物語 」、消えてしまった原風景に立ち上る幻影のように
2017-05-25 Thu 09:47
 前後左右にゆれている。

 身体がゆれていた。

 脳の半分か、三分の二か。
 それが眠りこけている。
 うかつに座ったりすると、睡魔に吸い込まれてしまう。

 時差ぼけをかわしながら信濃町に着いた頃には「ぼけ」もだいぶおさまっていたが、観劇する体調ではないと思われた。

 文学座に興味はなかった。
 山本周五郎が好きだから、
文学座創立80周年記念・文学座5月アトリエの会「 青べか物語 」(戌井昭人脚色、所奏演出)の観劇に出かけた。

 舞台はアトリエだ。
 中央の渡りが舞台で、客席はそれを囲むように左右に分たれている。
 だから舞台は右から左へ、左から右という制約の中で組み立てられている。

 それが動態を生んだ。
 躍動感があった。
 もしかするとチンプな言い回しだが「生命力」のようなものが表現されていたのかも知れない。

 で、原作にもどってみる。
 青べか物語の描かれた背景を脚本家、演出家、それにぼくにしたって理解しているわけではない。
 タイトルに「べか」と山本周五郎が選んだのだから、と想像力をめぐらすぐらいしか実はやりようがない。

「べか舟というのは一人乗りの平底舟で、多く貝や海苔採りに使われ、笹の葉のような軽快な形をして」(新潮文庫、頁20)とある。
 一人乗りのべか舟だ、自分でこぎ出し一日精を出して貝や海苔採りしてどれほど稼げたか。
 この一文で貧しさを認識せよというのはムリがあるだろうが、とにかくその日の暮しを立てるのがカツカツの貧しい生産性であることは分かる。

 ぼくたちはそうした貧しさというのを実感したことがないし、知らない。

 だからだろう、どう描き出そうが上っ面なのである。
 原作を読んでも、そうした欠陥は決定的に引きずる。
 それはほぼ致命傷である事態なんだと思う。

 だからそれはもう原風景を失った者、時代が抱く幻影でしかない。

 で、
「砂は生きている。だから死ぬ」
「人はなんによって生くるか!」
とまくしたてられても、みごとにアブストラクトで、指のあいだから砂がこぼれていく。

 その生き様を人情、猥雑(わいざつ)、狡猾(こうかつ)、無神経、しかして生命力の発露といわれても首を傾げる。
 それは失われた原風景にしか育たない、何かであった。

 おさいちゃん役の下池沙知(しもいけ さち)がよかった。
 彼女にはアクチュアリティーがあった。
 女の直線的、直感的なactioがあった。

 ぼくの脳髄はべか舟でゆられ酔ったように、ぼけが最後まで抜けない。
 山本にとっては実感であったものが、空想的なのだ。
 時差ぼけは幸いした。

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バルセロナのテラスからみたヒマラヤ山脈?
2017-05-24 Wed 04:11
 半月に及ぶスペインのパックツアーも終わりに近づいていた。
 あっけないほど早く終わりが迫っていて、何か物足りない気分がぼくにはあった。
 バルセロナのホテルのカフェテリア、奥のテラスにそった四人掛けのテーブルに三人で座っていた。

「ヒマラヤに行った時のことなのね」
 Kさんが少女言葉で話しはじめた。最初のころは戸惑ったが、少女がそのまま大人になったような、かわいげのあるひとだ。
「八十半ばのおかさんは一人参加で、ホテルから一歩も出ないの。パックツアーに組み込まれた小旅行には一度も参加しないで、毎日ホテルで一人ヒマラヤの景色を観ているだけなのね。
 私たちが帰ってくるのを待ち受けている姿が印象的でなにが楽しいのかなーなんて思っていたのね。
 ツァー最後の夕食の日だったわ。手作りしたお手玉を一人一人に手渡してくれたの。私の旅行の中で一番大事な思い出になっているのよ」

 せっかくのパックツアーだから、お膳立てされた名所巡りをパスするのはもったない。
 ぼくのさもしい旅行観はあっさり、やんわり打ち消された。
 ぼくにも若い人や刻々かわる景色を楽しむ、一人旅行の日が来るのだろうか。

 シルクロードへ行ったときのことを思い出した。
 Kさんのお話の主人公と同年配のおかあさんが一人参加していた。
 いつもリックを背負っていた。

 彼女は自分の体調を考えてだろう、いくどか大型バスから見学先へ降り立つことなく、旅をつづけていた。

 Kさんのご主人ははなからパック旅行には関心を示さないそうだ。
 ハワイかどこかで何もしないのを旅の新骨頂と考えているらしい。
 彼こそ旅の達人かも知れない。

 今回もそうだが、ぼくたちの旅は毎日二万歩近く歩いた。
 万歩計を見るたびうんざりしていた。
 添乗員は早足で先導するから、見失ってはいけないから、必死で歩いた。

 疲労はずいぶんたまっていたのだけれど、かえって足腰が鍛えられた気がする。
 これは効果的なウォーキングだと感じている。

 で、ぼくは今どっち付かずの心境にあるわけだ。
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晩春、旅装整う
2017-05-06 Sat 08:43
 先月一回忌の法要でしたのに、本日は母の祥月命日。
 二キロ半の道程は人も車もまばらの早朝お墓参り。
 風も凪いでいてお線香がけむる。

 短い一年だった。

 あさってはスペイン。
 ツアーの同行者は十七名。
 ゴールデンウィークのけん騒をさけるのだから、たぶんご同輩だろう。

 添乗員さんから「男性七人、女性十人」とのこと。

 小松茂美『利休の死』は読みおえた。
 飛行機は間がもたないから、文庫本と新書判を二三冊携行する。
 帰ってから文学座『青べか物語』の観劇にいくから山本周五郎一冊。

 友人と渋谷のブラッセリー クール (brasserie Coeur) でランチ。
 夜に行ったことがない。
 帰ってからの楽しみ。



 友人からいただいた、こしあぶら、筍。
 こしあぶらご飯、筍煮物の夕げ。

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 好き嫌いがない。
 どこでも順応する。
 寄る年波だけが心配、体調を崩さないよう気をつけよう。
 
 春蘭が咲きほこっている。

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