「日銀の発行する紙幣は民法上の債務ではない」
2017-07-05 Wed 15:05
「他方、日銀が会計上の債務超過に陥ることについては、筆者は本質的な問題はないと考えている。まず日銀の発行する紙幣は民法上の債務ではない。また日銀当座預金も紙幣の預け金なので、日銀の会計上の債務超過は日銀の債務不履行を意味しない。
 さらに日本銀行法は、日銀の財務状況とは独立に紙幣を法貨として規定している。法貨は金銭債務の履行手段として法的な強制通用力を持つものなので、既存の金銭債務に対する履行手段としての紙幣の本源的価値も日銀の財務状況とは独立に存在することになる。」
(日経6/30付「経済教室」、戸村肇早稲田大学准教授“金融政策の課題(下) 日銀の「出口」の損失備えを 政府との共有ルール整備”


 思わず財布からお札を取り出してみた。
 いまさらながらの「日本銀行券」だ。
 10000YENと印刷されてある。

 僕は、これ(「日本銀行券」)を借用書のようなものだと考えていた。
 日本銀行が発行する「借用書」である。
 つまり日本銀行券は日本銀行に対する債権のことだと思いこんでいた。

 この10000YEN札を保有する僕は債権者で、日本銀行が債務者であるかのように錯覚していたのである。
 だからといって、日本銀行は僕とは大違いの「資産家」だ、そんな事を意識することもなく、やり過ごしてきた。
 
 さて、筆者のいう「日銀の発行する紙幣は民法上の債務ではない」とはどういう意味だろうか。

 民法の条文を見てみよう。

・第415条(債務不履行による損害賠償)
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。

 筆者のいうごとく、日銀の会計上の債務超過が発生しても、そもそも日銀は民法第415条「債務不履行による損害賠償」責任を負っていないのであるから、日銀の債務不履行問題は生じることはない、ということである。
 したがって、日本銀行券という「借用書」は返済を期待し得ない貸付けである。

 この問題に関しては、「中央銀行券の債務性と政府紙幣の特質に関する研究」が参考になる。
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ほろ苦き老後の助走は四十代にスタートする
2017-04-25 Tue 09:09
 老後が少しずつ分かりかけてきた。

 3月に左足のふくらはぎが肉離れを起こした。
 なかなか直らなかった。
 完治したものと油断し、さらに悪化した。

 日常生活に支障がなくなるまでには、一ヶ月を要した。
 今までにない体質の変化、わずかだが肉体のおとろえに気づいくようになった。

 決定的な何かである必要はなかった。
 実際、深刻な問題であれば正直向き合うのがたいへんだろう。
 あるかないかつい見逃してしまいそうな、微細な変化である。

 できたこと、できたはずができなくなる。
 そうしたことがしだいに明確な形をとって現れてきた。
 老後を俯瞰するにはまだまだ経験不足だろうが、目のまえに現れてくる現象から学んでいかなければならない。

 それに比較すれば老後のファイナンスは簡単明瞭である。
 この歳ともなれば、そうしたことはほぼ決着済だからだ。
 もう手の打ちようがないのである。

 大まかにくくれば「年金+預貯金+自宅」がすべてで、それ以外の収入源は断たれている。
 一介の自営者には望むべくもないが、企業年金などが付いていればさらに御の字だろう。
 おおかたがこんな所だろう。

 これをフレーム化(構造化)してみれば以下のとおりだ。

[老後収入源]
 ・年金  唯一の収入源
 ・預貯金 老後の取崩資金、毎年赤(取崩分)が計上される
 ・持家  終の住処、手放せば代わりが要るからせいぜい「最終決済資産」「相続資産」

 このフレームは歴史的なものだ。
 筆者の世代である団塊が高度成長期に生み出したライフスタイルである。
 老後が定年後に10、20年と続くことなど想像されていない時代である。

 団塊が生まれた1,950年頃は平均寿命が六十そこそこだった。
 七十を超えたのがそれから十五年後である。
 今日では男女ともに八十を超えてきている。

 二十年伸びた。
 自らが老年に入って気づく。
 長い老後だ、と。

 そしてその機能不全に気がつく、肉体の老化を見透かすように。
 「年金+預貯金+自宅」フレーム水準に達しても、不足を感じる。
 構造から機能に視点を移してみると、その欠陥があらわになる。

 何が足らないか?
 ゆとりだ。
 余裕だ。

 「年金+預貯金+自宅」フレームの限界である。
 このフレームの機能の欠陥は短い老後を予定していることだ。

 それ以前に四五十代に資産形成ができていなければ、この水準にも達しない。
 「年金+預貯金+自宅」に達していても、節約しかやりようがない。
 入りと出を管理するぐらいのことだ。

 裕福には切りがないが、余裕のある生活は明確に目標にできる(できたはずだ)。
 多少とも「年金+預貯金+自宅」以上の収入源を持てれば、老後もゆとりが持てる。
 「年金+預貯金+自宅」フレームに、もう一つ二つ収入源を加えること。

 若い読者は筆者のブログなど読まないだろうが、老後の助走は四十代には事実上スタートしている。
 しかもそれはぼくらの時代の一つの限界を超えていかなければならない。
 長い老後というテーマだ。

 ぼくの手元にはもう残っていないが、若いころの愛読書に岩波文庫で鈴木信太郎訳『マラルメ詩集 (1963年) 』があった。
 そのなかに・・・
 『ほろ苦き無為に倦じて(Las de l'amer repos où ma praresse offense)』

 この一節は、なぜだか諳んじている。

 自然のままの青空の下なる薔薇の叢の
 愛すべき少年時代を 名を求め 徒に過せし
 その名さへ今はわが疎懶の損ふ ほろ苦き
 無為に 倦じて さはれまた わが脳漿の強欲なる
 冷たき土地に 徹夜して新しき墓穴を掘らむと 頑なに
 立てし誓に 更になほ七倍も倦じ果てたる

 2,014年に岩波文庫で渡辺守章訳『マラルメ詩集』が出ている。
 『苦い休息にも 飽きて(Las de l'amer repos où ma praresse offense)』
がそれだ。

 鈴木信太郎訳が脳髄にしみ込んでいるから、受けつけなかった。
 フランス語などまったく分ない。
 韻を踏む文語体がいいというわけでもない。

 ただ習慣のようなものとしか言いようがない。

 マラルメは四十半ばで亡くなっているから、老年の「ほろ苦き無為に倦じて」は知らないだろう。

 マラルメの詩、その深淵を探るのは学者にお任せしよう。

 ぼくはこの無為が嫌なのである。
 おとろえと戦うのに、さて手一杯だ、と、倦じるのはご免なんだ。
 余裕があれば、金で「幸福」が買える。

 買うことができる。

 幸福とは何か、などとリセットする気はない。
 買える「幸福」がたくさんある。
 それがリアルだ。

 老年の無聊としかいいようのない、その程度の退屈から抜け出すにはそれが必要なだけだ。

 若者は我々の失敗から学んでください。

[参考]
「倦む、うむ」
同じことなどを長く続けていやになる。退屈する。また、あきて疲れる。
『精選版 日本国語大辞典』から
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あなたは資産運用の基本手順をどう考えますか
2017-04-21 Fri 23:34
 曇天の今日は、かっこうの草むしり日和だった。
 気分は上々なのに、つまらないメールを開けてしまった。

「長生きリスク」って嫌な感じのフレーズだ。

「あなたは平均余命から見るとあと十五六年、その先もっと生きているとどうなるか考えたことあります?」
 こんな調子だ。
 稼ぐ能力、余力をなくした老人に突きつけられた最後通知のよう。

 エクセル使ってせっせせっせ節約生活しないと、「老後破産」だとおどかされ、ピンが有料老人ホームで、キリが野垂れ死といつしかイメージが固まっていく。

 そんなこんなの心理的圧制もあって、FP技能士2級資格を取得したのが10年も昔だ。
 学習に四十五日かけた。

 まったく役に立たないわけではない。
 ざっくりバランスシートで俯瞰的な把握のコツをつかめてからは、毎年作業を欠かしたことはない。
 シビア(厳密)に計算し、収入−支出構造分析表も欠かさない。

 ただし、筆者はエクセルでなにごとか計算しつくせると勘違いしてないたけだ。

 どう喝フレームと名付けたそうしたエクセル帳票は人生の一部分を設計する有効なツールとは思うが、しょせん一老人の断片設計にすぎないものと心得ている。
 国家財政破綻リスクとか、地政学的リスクのほうが筆者とこの国の命運をにぎっていると認識している。

 以下に「資産運用の方針」の目次だけ掲げるが、参考になるだろうか。
 資産運用の基本手順を示せば、次のとおりだ。

資産運用の基本手順

[目次]
 Ⅰ.資産運用の基本手順
 Ⅱ.家産(支配会社の純資産を含む)の財政的な状態を把握する
  1.総資産額の推移表
  2.総資産額に含まれない予備的予防的資産による補正総資産額
  3.資産の内訳
   1.不動産資産
   2.保険
   3.公的年金
   4.預貯金調べ〈円預貯金・外貨預金〉
   5.リスク資産調べ〈円預貯金・外貨預金〉
   6.骨董品
 Ⅲ.シナリオ
   1.長期シナリオ「国債暴落→金利上昇→円安とインフレ昂進に備え、円の金融資産を外貨資産へ転換する」
   2.中期シナリオ「2020年までに、金融資産の62.5%を外貨資産で保有する。」
   3.短期シナリオ「スイングトレードと長期トレードで期待リターンX%をめざす」
 Ⅳ.2017年のアクションプラン
  1.110万円の基礎控除による非課税枠による役員借入金縮減・相続対策
  2.バイ&トレードー投資哲学ー  
   1)キャッシュポジションの意義と機動的出動
   2)運用の基本1ーバイ&トレードー
   3)為替の運用
   4)為替→海外ETF〈米国上場ETF&香港上場ETF〉の二段階運用
   5)逆張り
   6)マーケット・ウォッチングの重要性ーリスクに構え、危機に備えるー
  3.貯蓄と負債
   1)貯蓄
   2)負債
  4.収入源  
  5.人生支出
  6.新ビジネスモデルへの取り組み
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大バブルに小バブル
2017-03-08 Wed 14:57
日刊ゲンダイ〈3月8日付〉にパチンコチェーン社長の話がのっていて、彼がこんなことを言っている。
「パチンコ業界が成長したのは、むしろバブルが崩壊した後なんです。1987年、マーケット規模は10兆円でした。それが10年後には30兆円と、3倍になっている。」 
こいつはすごいと思ったね。
彼は年商一千億の社長だからすごい訳だけど、そこに関心したわけじゃない。

バブルでいい思いした人も、散々だった人も、全く無関係に生きてきた人もいるわけだけど、ぼくはまあまあいい思いをした口だったから、はじけてからは人並みに苦労した。
17万円の返済に追い立てられた。
月に5百万、12ヶ月で6千万だから、365日で割ると一日当り17万円返済していたことになる。

計算すればそうなる。
今年で第38期をむかえる自分の会社の20年ほど前の決算書をみれば、数秒で計算できる。

日掛で17万円は厳しい数字だし、今となっては信じられない思いもあるが、それは単に事実にすぎない。
2002年頃にはほとんど返済も終わって目処もついていたけど、少しは残っていて、全くのゼロ、つまり完済したのは2006年だった。

つまり、バブルがダメになって自分も痛めつけられていた頃、パチンコ業界はバブルになった。
そういう認識がなかったから関心した。
バブルは続いていた。
大きなバブルは崩壊したんだけど、ぼくのやらないパチンコとその業界がバブルだった。

年30兆円はすごい。
それで少し調べてみた。
JRAの年間馬券売上高のピークが1997年で4兆円を超えた。
パチンコバブルのピークといっしょだった。

株とかは得意ではなかったから、ぼくのバブルはもっぱら土地だった。
こんな漢字知らないだろうな。
一攫千金(いっかくせんきん)。
才覚があってそうなったではなくて、そういう時代にめぐりあって、そうなった。

そうゆうふつふつとわき上がる欲望みたいなものがまだ続いていたんだと、思った。
パチンコをしないからそれがどれほどか分からないけど、一攫千金を追い求めるバブルの世界が途切れず続いていた事実に驚いた。
ぼくはパチンコで当てて、あるいは馬券をとってどうなる数字でもないし、実際それどころではなかったから、バブルが形を変え生き抜いていたことに関心した。

で、今はどうなのか。

誰か教えてほしいな。
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プラチナ、成長できない世界の物語
2016-04-24 Sun 12:26
プラチナplatinumには三つの物語がある。
三つどころか千も万も物語りがあるだろうから、僕が知っているのはそれだけということ。
ぼくはどの物語も好きだ。

40億年前、太古の地球に隕石群が衝突し、goldとplatinumが2億年にわたり降り注いだ。
英科学誌ネイチャー‘Nature’に掲載されたマティアス・ウィルボルドの論文は、それら貴金属の地球外起源を明らかにしている。
科学が神秘の一端を解き明かし、神秘は前にもまして輝いて見える。

田中貴金属によると「プラチナの有史以来の生産量」は約6,700トン。
元素記号pt・原子番号78の密度は21.45だから、一辺が7mの立方体に納まってしまう(正確には6.784987064・・・mの三乗)。
原鉱石1トンの含有量はマリッジリング1個分約3g。希少価値というくり返し語られてきた物語。

そしてその3gは決して「老いることのない」、錆ることのない永遠の美。

第三は預貯金がplatinumやgoldの存在に限りなく近づく、現代経済社会の物語だ、それは悪夢かも知れないが。
goldやplatinumを持っていても、成長世界では魅力を欠いていた。
株や債券、預金のように利子は生まないからだ。

近年世界経済「長期停滞論」がささやかれるようになった。
非成長世界では限りなくゼロ利子に近い預金は貴金属とかわらない、不受胎資産となった。
預貯金はゼロ金利によって貴金属化=不受胎化していくのだろうか。

プラチナplatinumから現代経済社会の到達点を見る思いがする。
「ゼロ金利」はプラチナplatinumやgoldの元々の性質である。
成長できない世界、金利を産み出す体力もない世界を、プラチナplatinumは語り出しているように聞こえるのだ。
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