点から面へ
2017-01-18 Wed 08:01
ある日点が面を埋め、広がりというか展開を見せていることに気づいた。
まったく別々に読んでいたはずの本が、芋づるのように新たな読書を引き寄せ、それらが一つながりに結ばれているように感じた。
一つをたぐり寄せるうちに、そのツルの先に新たなイモが現れてくる。

それは地表に隠された地下茎のようなもので、これらをマンダラノートに記してみると、別表のような展開になった。

今度は暗中模索より少しはマシなようだ。

マンダラ・ノートを手引きにイスラームをより深く研究して見たいと思っている。

イスラーム研究マンダラ
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未来年表とハイデガー『存在と時間』
2016-03-18 Fri 11:29
人生には、常にバランスを保つべき、いくつか大きな分野があります。
ひとそれぞれに違うわけですが、愛するもの(家族と友と)、体(健康)、時間、仕事、お金、存在(自分)でしょうか。
すべての分野のバランスを整えないかぎり、遅かれ早かれ、そのもろいアキレス腱がじゃまをすることになります。

今の自分がそうした分野の一つ一つのあり方を変えよう、十年後にはどうしていくか、どうありたいか、どうあるか、を年表にしたものが未来年表です。
くわしいことは下段の既述ブログにリンク(記して)がありますから、参照ください。
そして私が直面している問題は、未来年表が機能しなくなったことです。

現在六十八歳です。
十年後は存在しない。
そう考えるようになる。

それは十五年後かもしれませんが、同じことです。

こうして僕を領導してきた未来年表は色あせ、意味と価値を持たなくなったのです。
未来年表が機能しなくなったこと、その根本的な欠陥があらわになるにつれ、生半可な思索ではこの危機を乗り切れないと考えるようになります。
ハイデガーの言い回しを再現すれば、「それは無であり、どこにもない」ことがあらわなになった(にすぎない)のですが、正面から取り組む以外に術はありませんでした。

若い頃は分かったつもりになって読みとばしていた一字一句をなめるように読込む。
やっているのはそれだけです。
読書の大半を熊野純彦訳『存在と時間』に割き約三ヶ月かかっていますが、現在最終分冊の(四)にようやく到達しました。

同翻訳書を読んできて、いくつかの特徴、利点を感じでいます。

ひとつは、全分冊に翻訳者の梗概と、総目次がのせられていて、全体像を外すことなく、読み進むことができる点です。
第二に、詳細な注釈です。はじめはほとんど読み直しとも思えるように感じていたのですが、注解を通して読返す、読込むことを強いられ、これが初学者のありがちな思い込みや、誤読を防ぎ、理解を導いている点です。
第三に訳注において、七人の日本語訳、フランス語訳、英語訳を比較検討し、ハイデガー独自の用語や言い回しの理解を促している点です。

日本語訳だけでも手に入る範囲で十指を数えそうです。
翻訳で読むしかない僕のような読者にとって、その蓄積にのって読めることは僥倖と言わざるをえません。

時々考えます。
原著書を一番読込んでいるのは、書き手であるハイデガー本人ではなく、たぶんそうした翻訳者であると。

・2010/07/27 日記は人生をコントロールするためのツール
・2010/07/29 ITと日記の親和性   
・2011/08/11 40代と60代の未来年表
・2012/08/22 大テーマ「バランスのとれた生活がある」
・2013/10/28 未来年表
・2014/11/26 自分の未来をとりまく未来情勢はどうかなるか
・2015/12/30 君は選択肢を無くした老人なのか?

Mandala-note/ハイデガー『存在と時間』研究見取り図Ver.2.3
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ブライアン・トレーシーは僕のセラピスト
2016-02-16 Tue 16:21
昼食後の軽い午睡から起きると身体が重く疲労感を感じました。
疲れを感じたら、即効ストレッチがいいので、三四十分身体をほぐします。

毎日、毎週順調であるはずはなく、変調は付き物です。
それは生活の全般にわたって現れてくるもので、身体の疲れや変調と感じていたのが、実は気持ちから来る乱れであることにたびたび気付かされます。
気持ちが疲れているのです。

乱れてくると運動、あるいは、ブライアン.トレーシーを読みます。
といっても本を引っぱり出すのではありません。
「ポイント・レビュー」です。

本全体がかたり出してくる、核心のさらに核心を捉える情報統合技術「ポイント・レビュー」によって、要約とは一線を画す濃縮情報を読返すのです。
たった一行です。
彼はぼくの良きセラピストで、立て直しをはかる時には、いつも彼の提唱する基本動作に戻ることにしています。

彼は何をいっているかというと、たった一つのことです。

ブライアン・トレーシー『フォーカル・ポイント』
“人生や仕事の質を高めるためにできることは、より大切なことや意味を感じられることに時間をかけ行動を増やすこと、そしてその他のことは減らし中断し、完全に手を引くことしかない。”

ブライアン・トレーシー『カエルを食べてしまえ!』
“能率の法則、つまり能率を上げるために基本とすべき考え方はこうだ、「すべてのことをするだけの時間はないが、最も重要なことをする時間は十分ある。」”
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時間はすぐ腐る、今日を新鮮に保つ法
2016-01-27 Wed 07:56
個人的な規律にすぎないのですが、朝のスタートにその日一日の筋書き(narrative plots)を描いてみます。

わたくしのケースをいえば、一日のはじまりに15分ほどプランを構想し、まずは日記に箇条書き〈to-do-list〉を記します。
これをプロットとして、一日に配置していきます。
シナリオや小説と同等です。

ときには三十分、小一時間とそのことに手間ひまを掛けることをいといません。

その日の流れ(ストーリー)をつくり出します。

老年者の一日?

ひと言でいえば、他人に浸食される恐れはほとんどありません。
丸ごと、有り余っています。
ですから、とりわけ老年者の一日は腐りやすいのです。

老いの一日は短く、時間は掌のすき間からだだ漏れしていくのです。

かって仕事に専念した若き頃は、自らを人的資源に仕立て「目標管理」を徹底したものです。

会社から、あるいは一定程度社会から自由になったのですから、今や自由人であるはずです。

ところが自由が手に余るのです。
やるべきことがなくなり、フッとやりたいことに眼を転じるのですが、エンプティ〈空〉であった、ことに気付かされます。
こうしてそば打ち中年やさまよえる旅行好き老人、趣味しか「趣味」のない趣味人がはびこることになります。

老年期にあっては、会社からは支給されない「目標管理」の目標そのものを自ら設定しなければなりません。

さいわい32歳のとき組織から自営に転じ、生き延びるためにあれこれの工夫を重ね身につけた自律の習性が老年期にも多少通用するようです。
「始動訓」をいつ作り、使いはじめたか記憶をたどれませんが、およそ二十年ほど前でしようか。
今も改良をつづけています。

始動訓の表

今日の午後、わたくしは千歳船橋に行きます。
jorudan.co.jpで検索し、乗車案内から時間を手帳に棒線で落とし込みます。
世田谷美術館他数カ所をgoogleで確かめ、おおよその街歩きプランと今日メインディッシュであるジンギスカン料理の店を書き込みます。

プランどおりにすすむことはむしろマレです。
アクシデントは醍醐味です。
ストーリーがあるからこそ、その日のアクシデントはたまらない魅力を持つのです。

プランと違ったら、バーティカル時間帯に棒線をずらして記入し、そこに内容を書き込むことにしています。
実績(記録)は、老年にあっても成長を知り、それを促す動機になります。

何をやったか、何をやろうとしているか、何がやりたいかはすべて結び付いてあるのです。
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君は選択肢を無くした老人なのか?
2015-12-30 Wed 10:42
一年なにをしてきたかを考える前に、何をしようとしたか、振り返っておこう。

三十年近く、人生において、これからなにをしていくのかという選択を「未来年表」という形式で書きとめてきた。
六十七歳にあって「未来年表」の彼方になにがあるか、これほど明確なファクトはないのだから、年表という形式を捨てた。
1年後、3年後、5年後には意味があることを記せたが、十年後は自分の選択肢が保証されているとは限らない。

僕が今持っているのは、「バランスのとれた生活の上に老生を築く」指針である。

未来年表指針2015
*クリック拡大

指針に導かれ、毎年、その年やりたいことの五大リストを記す。
わずか二日を残して、2015年の結果を書きとめるのは面倒だが、ざっと「二人の若者とオリーブオイルとワインの輸入販売会社を設立」、「油彩画やコスチュームジュエリーを蒐集」、「外貨投資、ETF売買、実物投資などマーケット実践を日々くり返し」、「純米酒にこだわり」、記せないadventureがあった。

ブログという表現形式になにを盛り込むか、戸惑いが生じた年でもあった。
一時書くのをやめていた。
書きたいことと、書けることのはざまで、これからもちゅうちょするのだろうが、読み手がいる限りは細々とつづけていこうとは思っている。

さて、「2016年やりたいことの五大リスト」の3は、「ファイナンシャル理論の学習、ハイデガー『存在と時間』の研究、短編小説の探索をつづける」である。
マンダラノートに「ハイデガー『存在と時間』の研究」の見取り図を書いた。
すでにスタートしたが、研究といっても自分の理解を深める以上の意味はない。

五大リストに取組む一年がはじまろうとしている。

すくなくとも、五大リストをかかげ年をまたぐのだから、自分が選択肢を持たない老人だとは考えていない。

ハイデガー『存在と時間』の研究
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